世界は、霧で覆われていた。
霧の中にうっすらと寺院が見える。
境内に入る前に、蓮の花と、線香と、ろうそくとを買った。
山の上は高台になっており、大理石で舗装されていた。
霧の中に、仏塔が見える。
崖にせりだした大岩の端にちょこんと乗っている仏塔が今にもずり落ちそうだ。
いかにも不安定に見えるが中に納められている釈迦如来の遺髪が絶妙なバランスを取っているのだという。
昔、ある行者が釈迦如来の遺髪を自分の束ねた髪の中に隠し持っていた。
行者は国王に、自分の頭と同じ形をした丸岩を探すように頼んだ。
国王は、行者の頭と同じ形をした大岩を海の底から見つけ出し、山頂まで運び上げると大岩の上に行者から献上された釈尊の遺髪を祀り、この仏塔を建立した。
私は行者の頭の形をした仏塔の前にお線香と花と灯明を献じた。
線香の煙が霧の中に溶けていく。
私は三度、五体投地してパゴダの前に座った。
岩が濡れている。
あやうい格好で鎮座している仏塔からは、ただならぬ力が流れだしてくる。
遠くで経を唱える声が聞こえる。
近くで小鳥が鳴いている。
座った岩の冷たさ。
顔に触れるゆるやかな風。
感受されるすべての対象をパゴダから流れ出す力に溶け込ませ、それに集中する。
釈迦如来の遺髪から流れ出してくる力に心の波を同調させるのだ。
どのくらい時間が流れただろうか。
眼を開くとすっかり霧が晴れていた。