Thailand 遊行記

タイ パンガン島にて 2

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 その日、私は完全な調和の中にあった。

 私は全体であり、全体の中で歩いていた。

 海沿いの強烈日射しが、焼けたアスファルトにくっきりと私の輪郭を照らし出している。

 海面の小さな波の一つ一つが銀色に輝き、瞬間毎に生滅を繰り返していた。

 それがずーっと、水平線まで続いている。

 その上に広がる大空は、水色だ。

 タイ語で「空色(シーファー)」といえば、それは「水色」のことである。

 タイで真っ青な空というのは見たことがない。タイの空はいつも水色なのだ。

 だだっ広い空を眺めながら、通りを歩いていく。

 ブロック塀の角を曲がったとき、不意に見たことがないものが視界に飛び込んできた。

 それは、その家の庭から塀を乗り越え、大きく道にぶら下がっていた。

 三十センチくらいの長さで、赤紫だった。

 それは、全存在を凝縮して、そこにあった。

 思考は、まったく起こらなかった。

 心は、完全な静寂の中にあった。

 私は何の動機も持たず、ただ観ていた。

 後に、私は、それがバナナの花だと知った。

 だが、その存在感は、花という概念をはるかに凌駕していた。

 花というには、大きすぎて、グロテスクですらあった。

 それは全世界を自身に凝縮して、そこにあった。

 それは、心が生み出した自身をあざむくような幻影ではない。

 それは全体の中にある。

 それは視界の中にある。

 花は赤紫で、葉は緑。

 空は水色だ。

 世界の色が、世界だ。

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