Tibet 遊行記

チベット カンリトゥカルにて

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 私は、法友と旅人と共に3人でバスを降りた。

 ここは非解放地区なので公安に捕まると面倒だ。

 私たちは早足で車道から離れ、岩石の転がる道を急いだ。

 空気が薄いので、とても走ることはできない。

 早歩きだけで、ぜいぜい、と息が切れる。

 歩いても歩いても、ふもとのなだらかな道が続いてゆく。

 聖山カンリトゥカルは、すぐ近くにあるように見えたが、近づいたら近づいただけ、遠ざかっていく。

 私たちはふもとの住人と交渉してトラクターを出してもらった。

 トラクターは、激しく振動しながら、岩石の上を進んでいく。

 トラクターが止まった。

「これ以上は進めない」

 続く道はかなりの急坂だった。

 しばらく歩くと、巡礼の一団に追いついた。

 皆、笑顔で会釈してくれた。

 一団はロバを連れていた。ロバは背負わされていた荷の重さに、足をがくがくと震わしていた。

 一歩一歩があまりにも辛そうだ。

 男は棒きれで容赦なくロバの尻をたたき、罵声を浴びせていた。

 私が見ているのに気付くと、男は、ばつが悪そうに笑った。

 ロバは乾燥した斜面に足を取られ、強くヒザをついた。

 足が折れたのではと思われた。

 男は棒で、ばしっ、ばしっ、ばしっ、とかなり強く何度も叩いた。ロバはあわてて立ち上がり、震える足でまた、がくがく、と歩き始めた。

 私たちも、足早に歩き始めた。

 一団を追い越し、先を急いだ。

 たくさんの小さな五色旗を空にはためかせた尼僧院が小さく見えた。

 空気が薄いため、やたらと息切れする。

 小柄な旅人は、座り込んでしまった。

 休むと余計に疲れる。

 旅人に声を掛け、私は歩き続けた。

 法友も休まず登ってくる。

 尼僧院の門の上で黒い大型犬が数匹、歯茎をむきだし、私たちをがなりたてている。

 獰猛なチベタンマスチフたちが尼僧院を守護しているのだ。

 繋がれている鎖は、今にも引きちぎれそうだ。

 サングラスを取ると、高山の強烈な紫外線が目を刺した。

 今朝、宿を出てから、はじめてサングラスをとった。

 空はどこまでも深く、青ではなく、青紫だった。

 チベットの仏画には、空が青紫に塗られているものがある。

 きっと、このような空がイメージされているのだろう。

 多分、世界で一番、美しい空だと思う。

 しばらくすると尼僧が出てきて、犬たちをお堂の裏へ連れて行ってくれた。

 旅人も、ようやくたどり着いた。

 私たちは僧院の台所に通され、バター茶と固いチーズを御馳走していただいた。

 私の師は若い頃、この尼僧院の上方にあるロンチェン窟で修行されていたことがあった。

 そのとき師事されたのが、この僧院の女性活仏ロチェン・リンポチェである。

 尼僧の話では、ロチェン・リンポチェの転生活仏は、今はラサにおられるとのことだった。

 僧院の塀の外へ呼ばれた。

 年老いた尼僧がこの聖山を解説してくれるという。

 尼僧は両手を広げて言った。

「この山は、金剛亥女そのものなんだよ」

 私たちは、灌木に覆われたやわらかな女性らしい斜面の谷間にいた。

 尼僧は言う。

「あちらが顔で、向こうが足。あのふくらみが乳房で、あそこから流れている川は、母乳だよ。向こうの流れは糞尿。ほら、陰部から流れ出しているだろう」

 山自体を御神体とする信仰は、日本固有のものであるという学者がいるが、チベットやインドにも山そのものを御神体とする信仰形態はあるのだ。

 他にも、チベット仏教ニンマ派の三大護法神の垂迹である三つの岩や、チベット仏教ニンマ派の大成者・ロンチェンパが、論書を記されるときに使われた擦ると青くなる岩にまで案内していただいた。

 夜は、「一夜だけならば」ということで、特別にロンチェン窟に泊まらせていただくお許しをいただいた。

 若き日の師が修行された洞窟に泊まるということに、私は猛烈に感動していた。

 法友も激しく喜んでいたが、旅人は、そんな二人を口を開けて見ていた。

 夜は、異常に冷えた。

 私は金剛亥女のトゥンモを行った。

 トゥンモは体温を上げ、甘露を降下させ、四歓喜を生じさせる行法である。

 ハーバード大学がダライラマ法王に要請し、トゥンモに通達した行者の体温を計測したところ、摂氏10度の体温上昇を記録したという。

 平熱が36度だとすると46度まで上がったことになるが、通常ならば、脳に障害が生じる体温である。

 私が相承されたトゥンモの本尊は、この聖山の女神・金剛亥女であり、その行を師が修行されたこのロンチェン窟で行えるということは、夢のようなことだった。

 しかし、トゥンモは止息を用いるので、気圧の低い場所でやると、高山病のおそれがある。

 平地で暮らしている者が、四千五百メートルの高地でトゥンモを行じるには無理があった。

 私は、ほんの三十分ほどでひどい頭痛に襲われてしまった。

 次の日の早朝、眼が覚めた。

 頭痛は嘘のように消えていた。

 お世話になった僧院の方々にお布施とお礼をして、私たちは下山した。

 ラサの街に到着したのは夕刻だった。

 法友に連れられ、病院に急ぐタクシーの中で私は嘔吐した。

 高山病だった。

 帰路、発症してたらどうなっていただろうか。

 ラサへ戻るまでの道中、症状が出なかったのは師と金剛亥女の御加護にちがいない。

 

 

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