India 遊行記

インド ブッダガヤーにて 1

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 暗闇の中、無機質な夜行列車に揺られて、ガヤー駅に到着した。

 闇夜だった。

 暗いうちに移動するのは危険だ。

 夜明けまで待たなければならない。

 待合のスペースは、多くのインド人と二頭の野良牛で埋め尽くされていた。

 隙間を見つけ、バックパックを枕に横になった。

 うとうとしていると、いきなり近くでじゃばじゃばと水の音がした。

 私は飛び起きた。

 すぐ近くで野良牛が小便をし続けていた。

 尿がこちらに流れてくる。

 私は急いでバックパックを持ち上げ、そこから逃げた。

 尿は、近くで寝ていたおじいさんの肩を、じっとりと濡らしていた。

 牛は、おじいさんに何度も叩かれながらゆっくりと移動していく。

 東の空がうっすら明るくなったとき、私はリクシャーに乗り込んだ。

 やせた老人が額に血管を浮かせて、ぐんぐんとペダルをこぎはじめる。

 闇夜を踏み込むたびに、ぐんぐんと勢いが出る。

 きーん、と凍った大気が通り過ぎてゆく。

 吐息がすべて白い煙になり、過去に流れていく。

 この闇を抜けた向こうに、釈迦如来が成道された聖地・ブッダガヤーがある。

 辺りが薄明かりに包まれたころ、車一台がやっと通れるほどの細い道に入った。道は両横を並木に挟まれている。

 木々の間からは永遠の大地が見える。

 肉眼で見えるのは、ほんの二、三メートルほどだが、霧に包まれたその向こうに、永遠の広がりを予感させるのだ。

 小さな村のその道は、朝のその時間、空っぽだった。

 まっ白な霧が、一切の存在から現実感を奪い取っていた。

 霧に触れた衣類がうっすらとしめっている。

 老人は細い筋肉でペダルを踏み続ける。

 前輪が、白い霧をすーっと切り分け、並木道を進んでいく。

 木々の間を抜けると、チベット人たちのテントがずらりと並んでいた。

 村が近い。

 中国のチベット侵略により、大量のチベット人が虐殺され、大量のチベット人が海外に亡命した。

 チベット国王であるダライラマ法王も亡命された御一人だ。

「死んでも国を守る、というのが国王のあるべき姿」だと言う人がいる。

 しかし、生き続け、チベット国民のために奪われた国を取り戻そうと努力されているダライラマ法王の御姿は、もう一つの、国王のあるべき姿を示されている。

 価値観は決して一つではない。

 人は多様な価値観の衝突により、いたるところで争いを繰り返している。

 一つの価値観に固執することが、自らに限界を作り出し、敵を生じさせる。

 一切の価値観を内包する意識を現成させることができたならば、一切の限界を超越し、自己と敵対する者とが同一であることを知る。

 中国共産党は、六百万人いたチベット人の内、百万人を虐殺し、六千五百の僧院を打ち壊した。

 チベットの広大な森林を切り倒し、野生動物たちを壊滅状態に追い込んだ。

 美しい高原や河川を核廃棄物で汚染した。

 それでも、ダライラマ法王は、我々を苦しめる中国の人々に対し、慈悲の心を失ってはいけない、と説かれる。

 自他、敵味方の分別から、解き放たれたとき、大いなる慈悲がそこにある。

 

ダライ・ラマ 愛と非暴力

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