自己紹介 ネパールで修行するまでの経緯
ネパールでの修行などは、いろいろなところでお話ししてきましたが、なぜ、そこで修行することになったのかという経緯を聞きたいと言われることがあるので書いてみました。 あのとき以来、私は一貫して心の探究に、人生を費やしてきた。なぜならば、あのとき、心の探究こそが、人生を本当の意味で価値あるものに変えてくれるというまぎれもない事実が、現前に、はっきりとあらわれたからである。 二十二歳のある朝、腰からビキッと頭頂と足先に向かう激痛によって目がさめた。少しでも動くと激痛が走る。足先から腰、背中、首、後頭部まで痺れて ...
インド デリーにて
「日本人、コレ買ウ、コレ」 タイガーバームと万能ナイフを入れた箱を片手に、目つきの鋭い男が必要以上に近づいてきた。 いらないよ。 「高クナイ。買ウ、コレ?」 いらないよ。 男は急に小声になって言った。 「ちゃらーす買ウ?ちゃらーす?」 いらないよ。 男はくるりと背を向け、足早に去って行った。 デリーは変わった。 四年振りに訪れたこの街の住人たちはすっかり毒が抜かれ、インドの他の地域の人々と変わらなくなっていた。 世界一しつこかった物売りたちも、すっかりおとなしくなっていた。 四年前は ...
インド ヴァラナシにて 5
数ヶ月かけて南インドとスリランカを一周した後、私は再びヴァラナシへ戻ってきた。 牛と人とゴミだらけの町。 ところどころ牛糞が放置されている路地を宿へ向かう。 宿のオヤジは私の顔を見ると目を見開いて見せた。 「元気?ネパールはどうだった?」 今回はネパールじゃないよ。南へ行くって言ってたじゃないか。 「そうそう、南へ行ってきたんだろう。知ってるよ」 忘れてただろう。 「ハハハ、何でもいいよ」 荷物を預けるとすぐにガンガーへ向かった。もつれあった細い路地を走る。途中何度も人とぶつかりそうになる。 ...
インド エローラにて
自らの豊満な胸をわしづかみにする恍惚の女神。 胸と、両手と、顔が崩れ落ちた彫像を前に私はそのような女神をみた。 カイラーサナータ寺院の入り口に浮き彫りにされたその女神は、この黒い寺院の思想を強く訴えている。 女神は蓮の花の上で蓮華座を組んでいた。 蓮の花は泥沼に咲きながら、泥に汚されることがない。それは濁世にあっても、清らかな存在であることの隠喩である。 その花の上で蓮華座を組んでいるということは、女神が清らかな瞑想状態にあることを示している。 その清浄なる女神が、自らの女性性の象徴である豊 ...
インド クイロンにて
南インドを流れる水路を、船はゆっくりと進んでいく。 ところどころには木々が途切れた場所があり、民家や学校があった。 船を見ると、子供たちは手を振った。 「ワーオ!」 近くにいたアメリカ人のヒッピーが大袈裟に感動してみせた。 おだやかな、やさしい風景だった。 子供たちは、手を振りながら何か叫んでいる。 アメリカ人は、微笑みながら軽く手を振り返した。 子どもたちは叫びながら、どこまでも走ってついてくる。 「ワンペン、ワンペン、ワンペン」 私たちは、子供たちがただ手を振っていたのではないことに ...
インド バルカラにて
水平線が視界いっぱいに伸びていた。 断崖絶壁の上から見渡す海は、どこまでも碧かった。 私は崖の上を北へ歩いていた。 店や屋台がなくなり、ヤシが林立する斜面を降りてゆく。 遠くから、男たちのかけ声が聞こえる。 ヤシ林の向こうに、白い砂浜が見えた。よく日に焼けたごつごつした漁師たちが、地引き網を引いている。 風に揺れるヤシの葉の間から、白い灯台が顔を出していた。 私は、倒れ朽ちたヤシの木の上に座り、その光景を眺めた。 男たちはかわるがわる海側へ走り、網を引き上げてゆく。 ヤシの木にぶつかる ...
インド カーニャクマリにて
真っ黒で、ごてごてした体にぎょろりとした白目。南インドの寺院に祀られた神像の中で印象に残った神は、ほとんどが真っ黒だった。 インドの宗教画に描かれる写実的な神々とはまったく違う、限りなく抽象的で原始的な神々。 像によっては真っ赤な舌を出したり、右手を挙げているなどの変化があり、名が解るものもあったが、中には、なんだか解らないごてごてした塊のようなものもあった。 なんだかわからない神であっても、とにかく原始的な力に満ちていた。 似たような像を南インドでは何度も見た。 西から来たアーリヤ人が勧請し ...
インド ポンディシュリーにて 2
インドが植民地だった昔、ポルトガル人が造った街、ポンディシュリー。 この街はインドらしくなかった。 街の中心に公園があって、そこから放射状に道路が延びている。円形の道に囲まれた円形の街だ 私は一旦、円の中に入り、中心へと向かった。 そして、中心から外へと歩いていく。 円の外に出ると、そこは紛れもなくインドだった。 小さな木造の民家が並び、中年女性が道にしゃがんでいた。 背の高いヤシが騒がしい。 海からは、絶えることなく風が吹き付けている。 この辺りでは夕方になると、家の前に幾何学模様を ...
インド ポンディシュリーにて 1
ごつごつした大きな岩に波の塊が激しく砕け散った。岩はビクともしないが、波は繰り返しぶつかっていく。 飛び散る波しぶきが、時折コーヒーカップの中にまで飛んでくる。 カフェは、大きな黒い岩がごろごろと転がる波打ち際に一軒だけ、ぽつんと建っていた。 海側には壁が無かった。 粗末なイスとテーブルが並んでいる。 トタン板のひさしがつくる影の中から、強烈な陽の光を浴びる外の世界を観る。 光と影の強いコントラストが、映画のスクリーンを見ているかのようだ。 陽の光は強いが、風が強いので暑くはなかった。 ...
インド マハーバリプラムにて 2
海岸寺院のすぐ横の地面に彫られたヨーニ(女神の女陰)を覗いた瞬間、この小さな寺院が巨大な隠喩の集合体に違いないと直感された。 ヨーニの直径は一メートル半位、深さは八十センチ位ある。 この内側にさらに小さなヨーニとリンガ(シヴァ神としての男根)、そして豚の像があった。 風が強い。 日除けにかぶっていた色落ちの激しいインド製の大きな布がばたばたと上下してる。 風も強いが日差しも相当強い。風でめくれた箇所を容赦なく日差しが焦がす。 私はヨーニの中へ飛び降りた。女神の胎内はひんやりとしていた。 昔 ...
インド マハーバリプラムにて 1
私は南インドを放浪している間、たびたび人気のない砂浜で瞑想した。 波の音は不規則なので海辺は瞑想に向かないと言う人がいるが、しばらく座っていれば波の音などまったく気にならなくなる。 むしろ、日本の行者は役行者や弘法大師の昔から、渓流や海岸の洞窟などを好んで行場にしてきた歴史がある。 あるがままの自然が明知を発露させ、深い瞑想をもたらすのだ。 東海岸は風が強い。高波が砂浜に激しく打ち寄せる。 特に、このマハーバリプラムの海岸は風が強かった。 波の音もすごかったが、風が耳の穴にびゅうびゅうと吹き ...
インド カルカッタにて 2
カルカッタの博物館は、死と退廃に満ちていた。 大量の虫の標本は、劣悪な保存状態のため変色し、薄い羽が破れ落ちたりしている。標本と言うよりも、ガラスケースに虫の死骸を並べたといったほうがふさわしい。 インドでは、日本よりも命が格段に軽く扱われているが、それでもこれだけ無駄な虐殺は珍しい。 私は標本が陳列された部屋から出た。 恐竜の化石がある。近くで見ると骨にはびっしりと落書きがほどこされていた。 古くなった蛍光灯が、ちかちかと点滅している。 すべてが汚らしく、埃をかぶっていた。 知識が、人を ...
インド カルカッタにて 1
私はその日、マザーテレサが設立された「死を待つ人の家」にいた。 リーダーが、今朝集まったボランティアたちに仕事を振り分ける。 リーダーはドイツ人だったが、ドイツ人はリーダー一人だった。 十六人いたボランティアの半分は日本人だ。 私は、毛布洗いにまわされた。汚れで真っ黒になった消毒液に、食べ物や下痢が付着した毛布を二人で出し入れする。 液体を吸った毛布はひどい重さだ。 二人で勢いよくざぶざぶやったので、すぐにずぶ濡れになってしまった。 毛布が終わると、今度は皿洗いだ。 それが終わると食事の ...
インド 霊鷲山にて
霊鷲山は小さな山だった。 岩石が屹立した山頂部分が鷲に似ているから、霊鷲山といわれたとも、鷲がたくさんいた山だから、そう呼ばれたともいわれている。 灌木がとりまく、岩がごつごつと剥き出した乾いた道を、私は歩いていた。 小さな洞窟が、参道にいくつもあった。 すべての洞窟の中に、何本ものろうそくの灯と、チベット人が奉納したカタという白い布が捧げられていた。 その洞窟ごとに、そこで修行していた行者たちの説話が残っているのだという。 山頂付近では、チベット人が奉納した神仏や真言などが描かれた五色の旗 ...
インド ラージギールにて
ラージギールは仏典に出てくる王舎城だ。カビくさい安宿のベッドに荷物を置くと外に出た。 この町は埃っぽかった。 認識されるもの、すべてが埃をかぶっていた。 十字路の角のチャイ屋の前で、プラスチックの椅子に座った。 老人は何も言わず、しかめ面のまま人差し指を立てて見せた。 私はうなずいた。 ひん曲がったアルミ鍋から、コップに注がれる甘いチャイ。 熱いコップをのぞき込むとミルクが膜を張っていた。 夕暮れのこの町は、幼い頃に見た輪郭がはっきりしない夢の中の光景に似ている。 あまり健康的ではない ...
インド ラージギールへ
荷物と一緒にバスの屋根によじ登った。 屋根の上にいる私を振り落とそうとするようにバスは急発進した。 私は凍り付くような風にこわばった指で、荷台の冷たい鉄パイプを握り続けていた。 私は何度かインドに来て、この路線を走るバスに六度乗った。 道は直線だった。 制限速度は無い。 あるのかもしれないが、あったとしても誰も守ってはいないだろう。 風圧と飛んでくる砂塵で目を見開いてはいられない。わずかな視界には奇妙に曲がりくねったバスがいくつも流れ去る。 何台ものバスが路肩に吹っ飛んだまま放置されてい ...
インド ヴァラナシにて 4
私は、その日もガンガーのガートに座っていた。 ガートとは川岸に設置されている階段のことで、洗濯や沐浴の場となっている。 河は、昨日と同じように流れていた。 おばさんたちが、隣のガートで洗濯している。色鮮やかな原色のサリーが眩しい。 そのガートには、灯油コンロを置いただけの簡単なチャイ屋が出ていた。 チャイ屋は、いつものように熱過ぎるチャイを黙って手渡した。 「ここ、空いてますー?」 見上げると、日本人の女の人が、私のとなりを指さしたまま立っていた。 彼女は、自分がここまでしてきた旅の話を始 ...
インド ヴァラナシにて 3
視界の隅に人影が映った。 振り返ると同時に、異形の男が飛びかかってきた。 見開いた眼球は、鮮やかな動脈血であふれている。眼球が血の色に腫れ上がり、今にもこぼれ落ちそうだ。 盲目の男は私の肩口にしがみついて、唾を飛ばしながら叫んでいる! 「バクシーシ!バクシーシ!」 彼の母らしき老婆が私に男を押しつけながら、泣きそうな顔で叫んでいる! 「バクシーシ!バクシーシ!」 これほど激しい乞食は初めてだった。 私はその男と共に押され、路地の壁に押しつけられた。 「バクシーシ!バクシーシ!」 男は母らし ...
インド ヴァラナシにて 2
祠の横に座っていた男と目があった。瞳孔が開きっぱなしの黄ばんだ眼球。 男は立ち上がった。 妙に痩せているのは覚醒剤かヘロインか。 男がひょこひょこと歩いてきた。ここの住民の大半は不健康に見える。 男は小汚い顔を容赦なく近づけた。男の顔が近すぎて視界がぼやけた。 男が今、肉眼で外界を見ていないのはあきらかだ。 男は妙にこなれた日本語と、ヤニと唾液と得体の知れないものが混ざって発酵したような臭いを発した。 「バラナシ来たの初めて?ガンジャ?チャラース?」 男はしつこかった。路地を曲がり早足で ...
インド ヴァラナシにて 1
南へ向かってきたガンジス河の流れが、ヴァラナシでは北へ向かっていく。 インドの人々は、単純に大地の高低からこのようなことが起こっているとは考えなかった。 ここにはただならぬ神の力が働いており、ここで死ぬ者は解脱するといわれている。 ヴァラナシの安宿街は、小汚い建築物が密集している上、道が細いので日当たりが悪い。昼間でも薄暗く、じめじめしている不健康な場所だ。 建物がどれも似ているので、何度来ても一度は道に迷う。 路地を右に曲がると前方に小さな祠が見えた。 ここからでも内部の神像がシヴァ神であ ...