南へ向かってきたガンジス河の流れが、ヴァラナシでは北へ向かっていく。
インドの人々は、単純に大地の高低からこのようなことが起こっているとは考えなかった。
ここにはただならぬ神の力が働いており、ここで死ぬ者は解脱するといわれている。
ヴァラナシの安宿街は、小汚い建築物が密集している上、道が細いので日当たりが悪い。昼間でも薄暗く、じめじめしている不健康な場所だ。
建物がどれも似ているので、何度来ても一度は道に迷う。
路地を右に曲がると前方に小さな祠が見えた。
ここからでも内部の神像がシヴァ神であることがわかる。
シヴァ神の髪の間からガンジス河の女神・ガンガーが、ひょっこりと顔を出している。
女神は、口をすぼめて「ぷーっ」と大量の水を吹き出していた。
はるか昔、天界に流れていたガンジス河が地上に降りてくることになった。
神々は、河の落下に大地は耐えられないだろうと考え、シヴァ神が一旦、頭で受けることに決めた。
すると、その神変を一目見ようと、神々と仙人と乾闥婆と夜叉たちが大勢集まってきた。
女神・ガンガーは巨大な奔流となり、シヴァの頭に飛び降りた。
流れ落ちる女神の心に思考が生じた。
「シヴァは私をささえきれないだろう」
シヴァは神通で女神の思考を読み取り、激怒した。
女神を受け止めると、シヴァはそのまま髪の中に封印してしまった。
女神は何年もの間、シヴァの束ねられた髪の中で蠢いていたが、外へ出ることはできなかった。
その後、シヴァの怒りが解けたとき、ガンガーの流れはようやく地上に到達したのだった。