荷物と一緒にバスの屋根によじ登った。
屋根の上にいる私を振り落とそうとするようにバスは急発進した。
私は凍り付くような風にこわばった指で、荷台の冷たい鉄パイプを握り続けていた。
私は何度かインドに来て、この路線を走るバスに六度乗った。
道は直線だった。
制限速度は無い。
あるのかもしれないが、あったとしても誰も守ってはいないだろう。
風圧と飛んでくる砂塵で目を見開いてはいられない。わずかな視界には奇妙に曲がりくねったバスがいくつも流れ去る。
何台ものバスが路肩に吹っ飛んだまま放置されているのだ。
あのバスが飛んだように、このバスも飛んでいく。
そんな光景を鮮明に観想してみる。
私が死ぬ。
現金やパスポートは盗まれ、死体は適当に処理される。
半年か一年後、私の顔がプリントされたコピー用紙が、南アジアの安宿に貼りだされる。
行方不明者。
ラージギールまでの道中、バスがひっくりかえるところから死後の処理までを繰り返し観想した。
法華経が小説のように読めます。 全品現代語訳 法華経 (角川ソフィア文庫)