インド マハーバリプラムにて 2

India

 海岸寺院のすぐ横の地面に彫られたヨーニ(女神の女陰)を覗いた瞬間、この小さな寺院が巨大な隠喩の集合体に違いないと直感された。

 ヨーニの直径は一メートル半位、深さは八十センチ位ある。

 この内側にさらに小さなヨーニとリンガ(シヴァ神としての男根)、そして豚の像があった。

 風が強い。

 日除けにかぶっていた色落ちの激しいインド製の大きな布がばたばたと上下してる。

 風も強いが日差しも相当強い。風でめくれた箇所を容赦なく日差しが焦がす。

 私はヨーニの中へ飛び降りた。女神の胎内はひんやりとしていた。

 昔、この付近に住んでいた人々が何を望み、この寺院を設計したのか。

 ヨーニの中で私は、布で顔をぐるぐる巻いて目を閉じた。

 巡ってきた順にこの寺院の構造を思い起こしてみる。

 この寺院は一つの塔である。

 塔の内側は三つ部屋に区切られている。

 地上側の部屋はシヴァ神の妃・ウマー妃であるヨーニ(女陰)がある。

 部屋と部屋は隔離されているため、外側をぐるりと回り込んで塔の中心に行かなければならない。

 中心には原初の海に浮かぶ蛇の上に寝そべるヴィシュヌ神が祭られている。

 再び、塔の外を歩いて海側にまわる。そこにはシヴァ神であるリンガが祭られていた。

 まず地上側のヨーニが大地の女神であることは間違いないだろう。大地は農作物などを「生み出す」という性質を持っているため、大地の神は多くの場合、母なる女神である。

 母なる女神は、豊穣の女神であると同時に血を好む暗黒神でもある。

 海側の堂は、大地の女神に対する海の男神である。シヴァ神は暗黒の破壊神であるが、再生の神でもあり、帰依するものには多大なる恩恵を与えるといわれる。

 海産物などの恵みをもたらすが、風の強いこの地域は時として津波などの災害にも襲われたのだろう。

 大地と海の境に位置するこの寺院は、恵みと災いをもたらす大地と海を二柱の男女の神として祭り上げた。

 その荒ぶる夫婦の間で柔和なヴィシュヌ神が寝そべっている。

 宇宙を調和させ維持させるヴィシュヌ神は海と大地の夫婦を和やかに調和させようとしているのだ。

 では今、私がいるこのヨーニは一体何なのか。

 内側に豚の像があるのは、ヨーニと同じく豚も豊穣の隠喩であるからだろう。

 私は顔を覆った布をめくり、穴の中から塔を見上げた。

 太陽はいつの間にか傾いていた。

 シヴァ神はルドラという暴風雨神としての別名もある。あの高くそびえる塔そのものが暴風雨も含めた天の働きを象徴する巨大なリンガなのではないだろうか。

 天の男性原理に対する地の女性原理が私が今いる、このヨーニなのだ。

 天が男性原理と女性原理を共に備えたものであるように、地であるこのヨーニの中にも男性原理と女性原理を象徴する小型のリンガとヨーニが祭られている。

 海岸寺院は現在、海水に浸されないように堤防によって海から隔絶されてしまっている。

 しかし、本来は波打ち際に建っており、潮が満ちると海中に沈み、潮が引くとすべてをさらけだしたのだ。

 寄せてくる波とともに、少しずつ海がこのヨーニに流れ込んできていたのだろう。

 それは毎日、日暮れから行われる海の男神と大地の女神との交合であり、万物を生み出す根源的な働きなのである。

 私は目を閉じた。

 潮騒が聞こえる。

 そろそろ潮が満ちてくる時だ。

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