遊行記

2019/5/20

タイ アユタヤにて

 遠くでカエルが、大声で鳴いている。  耳元では蚊がうなっている。  私は、蒸し暑い蚊帳の中から這い出た。  友人は別の蚊帳の中でいびきをたてている。  この友人が田んぼの真ん中にあるこの実家へと招いてくれたのだった。  数十匹の蚊が私に吸いついている。  インディアンの拷問に、一晩、森の木に縛り付けておく、というものがあるそうだ。全身を蚊に吸われ、翌朝にはゴムまりのようになって死んでいるのだという。  蚊帳がなければ私たちはまちがなくゴムまりになるだろう。  蚊の数が尋常ではないのでどうしても蚊帳の中に ...

2019/5/25

タイ パンガン島にて 1

 あたたかい遠浅の海は、どこまで歩いて行っても、ひざより深くならず、やわらかい藻が足にからみついた。 「だから、人が来ないんだよ」  バンガローを経営しているおばさんが、砂浜から言った。  人が来なくて波の音がしない海は、瞑想修行に良い。  パンガン島はヒッピーの島として有名だが、ヒッピーは波が高く、パーティーが行われる東のビーチに集まる。  浅く波が無く、泳ぐことができない西の宿には、ゆっくり読書するような年配の欧米人しか来なかった。 「ここは何も無いけど、ゆっくりするにはいい所だよ」  椰子の木が茂る ...

2019/6/2

タイ バンコクにて

   バスは、長い間、停まっていた。  南国の夜のなまぬるい空気が、開け放された窓からぬるりと侵入し、肌にまとわりつく。  乗客がまばらなバスの中にはタイの演歌が控えめな音で流れていた。  テープに合わせて陽気な運転手が、体をくねらせながら歌っている。    バスがゆっくりと走り出しては、また止まった。  乗務員のおばさんは眠そうな目をこすりながら窓から首を出した。 「事故だね」  運転手が、演歌のメロディーにのせて「知ってるよ」と答えた。  突然、後ろから、青いサイレンが猛スピードで追い越して ...

2019/6/3

タイ スコータイ マハタート寺にて

その空間は微細な美に包まれていた。
太陽は圧倒的に光り輝き、蓮池に浮かぶ寺院は、そのままの姿を水面に落としていた。
蓮が乱れ咲く水面を境に、世界が上下に同じだけの広がりを持っている。
あめんぼが創り出す水紋が、世界はぶよぶよとした幻影であることを伝えていた。
タイ北部・スコータイにあるマハタート寺。

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