大和葛城宝山記 神道・神仏習合

『大和葛城宝山記』読み下し文

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大和葛城宝山記   行基菩薩撰
神祇
蓋し聞く、天地の成意、水気変じて天地と為ると。十方の風至りて相対し、相触れて能く大水を持(たも)つ。水上に神聖(かみ)化生して、千の頭二千の手足有り。常住慈悲神王と名づけて、違細と為す。是の人神の臍の中に、千葉金色の妙宝蓮花を出す。其の光、大いに明らかにして、万月の倶に照らすが如し。花の中に人神有りて結跏趺坐す。此の人神、復(また)無量の光明有り。名づけて梵天王と曰ふ。此の梵天王の心より、八子を生ず。八子、天地人民を生ずる也。此を名づけて天神と曰ふ。 亦天帝の祖神と称す。
天神の上首
天御中主尊〈無宗無上にして、独り能く化す。故に天帝の神と曰ふ。亦(また)天の宗廟と号す。天の下に到る則(とき)は、三身即一の無相の宝鏡を以て神体と崇めて、伊勢の止由気の宮に祭る也〉
極天の祖神
高皇産霊皇帝〈此れを上帝と名づく。是の高皇産霊尊は、極天の祖皇帝に坐します也。故に皇王の祖師也〉
大日本州造化の神
伊弉諾尊・伊弉冉尊〈此の二柱の尊は、第六天宮の主、大自在天王に坐します。
尓(そ)の時、皇天の宣(みこのとり)に任かせて天の瓊戈(あまのぬぼこ)を受け、咒術の力を以て山川草木を加持し、能く種々の未曾有の事を現(あら)はす。往昔の大悲願の故に、而も日神・月神を作り、四天下を照らす。昔、中天に於いて衆生を度し、今は日本の金剛山に在(いま)します〉
地神六合ノ大宗
大日孁貴尊〈此を日神と名づくる也。日は則ち大毘盧遮那如來、智慧月光の応変也。梵音の毘盧遮那、是れ日の別名なり。即ち暗を除き、遍く照らすの義也。日とは天の号なり。故に常住の日光と世間の日光と、法性の体に於いて相似たる義有り。故に、大日孁貴を天照太神と名づくる也。八尺流大鏡を以て伊勢太神の正体と秘崇するは是れ也。豊葦原の瑞穂の中国の主上たり〉
天津彦彦火瓊瓊杵尊〈神勅曰はく「天杵尊を以て中国(なかつくに)の主と為せ。玄龍の車、追の真床(おふのまとこ)の縁の錦の衾《今の世に小車の錦の衾と称するは是の縁也》 八尺流大鏡、赤玉の鈴、草薙剣を賜はりて寿(ことほ)ぎて之曰はく、「嗟乎、汝杵、敬(つつし)みて吾が寿ぐを承れ。手に流鈴を把り、御無窮無念を以てせば、尓の祖吾、鏡中に在り」と宣(の)たまはく。凡そ中ツ国の初(はじめ)、万の物を定むるに霊有る所の草樹を以て、言魔神と称して兢(つつし)み扇ぐ。今杵を以て之に就くるの故に、名づけて皇孫杵独王と称ふ也。今の世に曰ふ、伊勢の国山田原に坐します 止由気太神の相殿に坐します也」
大和國葛の上下(かみしも)に坐(いま)す神祇
諾冉二柱の尊
葛木二上尊、豊布都霊神〈亦(また)武雷尊と名づく。是れ法起王なり。 亦熊野権現是れ也〉
大国魂尊。国津神の大将軍に坐します也。
一言主神〈飛行夜叉神の所変、孔雀王と号するは是れ也。一乗無二の法を守護するの故に、一言主尊と名づく。故に当処を一乗の峯と名づくる也。 惟(ただ)是れ天神の降り坐します金剛坐の宝相なり。住心品の国、仏法人法即一無弐平等の国、一切諸法、皆了、了覚、了知、正覚にして、自証三菩提の国なり。之に因りて安国と名づけ、亦大和国と名づくる也。我が国、昔海たる時、天、当峯に降りて、始めて国土を成じて、大日本国と名づく。釈迦と皇天と、住昔従(よ)り巳方(このかた)、当山の峯上に住して、三世常住の身を、大自在天王と名づけ、衆生を度し、益を施す。故に豊布都と名づけ、亦武雷尊と号する也。皇天の神と、釈迦の文と、初禅従(よ)り以降、大和の中ツ国(なかつくに)に到りて、上に神変を転じ下に神変を転ず。上を去り下に来りて、群品を度すは、是れ大悲の本願力也〉
伝に曰はく
劫初に神聖在り。常住慈悲神王と名づけ〈法語に尸棄大梵天王と曰い、 神語に天御中主尊と名づく〉 大梵天宮に居る。衆生等の為に。広大なる慈悲誠心を以てす。故に百億の日月、及び百億の梵天を作りて、無量の群品を度す。故に諸天子の大宗と為し、三千大千世界の本主たる也。
日は則ち自性法身の応化の如来にして、常住の日光也。道徳の妙、陰陽の位なり。之に因りて、日は則ち陽の精上りて日と為る。故に日輪の下面の頗胝迦(はちか)宝は、火珠の成る所にして、能く熱照す。月は則ち陰の精上りて月と為る。故に月輪の下面の頗胝迦(はちか)宝は、水珠の成る所にして、能く冷照す。日月の熱涼は蓋し是の理に由る也。百千の諸大天神等、 而うして日天子・月天子を上首と為し、日月の宮殿に坐します。各千光を放ちて金殿を照らす。金殿の光、日宮殿を照らし、日宮殿の光、四天下を照らす。夫の光明は、中道に順ひ、人君の吉昌、百姓の安寧也。謂はゆる常住慈悲の神主とは、百億万劫の間、日月星辰の形を現はし、八百万の神等は、群生を利す。故に名づけて本地大慈大悲観世音と曰ふ。如来の仏智也。
星は日気の所生なり。故に其の字、日と生とを星と為す也。五星は経津主(ふつぬし)磐筒筒男神(いはつつのかみ)等の応変也〈謂はゆる天神七代の神は、則ち天の七星なり。地神五代は、則ち地の五行の来る也〉。賢劫の初地、建立してより以降、地肥地味の餅(べう)隠れし後、林藤(りんとう)生ずる也。林藤隠れし後、粮米出づる也。齦米失ひし後、香稲生ずる也。米等を食ふに由りて、身光即ち滅し、世界黒闇なり。
尓の時、常住慈悲大師尊王、日月星辰を作りて四天下を照らし、大衆等を度す。
斯(ここ)に因りて男女の形有り。父子の道を著はす也。尓の時漸く地味を耽(たしな)み、神足地を履みて下り、自在天子〈神語の諾冉の二柱の神なり〉に代りて、大八洲に降り居ます。常住慈悲神王の教に任せて、 日天子・月天子の二の大師を化生す〈謂(い)はゆる天子は、則ち天地の位なり。故に徳、天地に侔(ひと)しければ、則ち天子と称する也。天は父、地は母也。之に因りて男を以て父と為し、女を以て母と為すは、是れ大悲の考也〉。本願力に任せて、本の世界に還り、天地と与(とも)に窮り無く、日月と共に斉明なり。日宮の中に入りて四天下を照らし、群霊を利し、百王を護るの誓願甚だ深し。故に大日孁尊と名づく。本従(もとよ)り盧舎那の心地は、気の霊を稟(う)くること有りて、仏性の種子なり。故に一切衆生は自性清浄にして、我、是れ已に神胤也。我、是れ已に仏子也。一切の有心は、常住慈悲の心、孝順至道の法より起る。是(かく)の如く信心し、頓首恭敬を作さば、無二の心地に至るなり。
釈迦牟尼仏、初めて菩提樹下に生まれて、無上の正覚を成ず。初めて菩薩の波羅提木叉を結び、父母師僧三宝に孝順をなし、孝順至道の法の孝を名づけて戒と為す。亦制止と名づく。即ち口に無量の光明を放てり。是の時、百億の大衆、諸菩薩、十八梵天、六欲天子、十六大国王、掌を合はせ心を至して、仏の誦する一切仏の大乗戒を聴く。尓の時、十八梵天、六欲天子、 庶人黄門、婬男婬女、奴婢、八部鬼神、金剛神、畜生、乃至変化の人等、佛戒を受け、本源清浄の心地を解して、一宝真如の本居の身に帰する耳(のみ)。
大和の高日葛の神祇は、宝山の峯の金剛坐に居(ま)します。天宮は霊山と一線の路を分ち、互ひに仏神の賓主と為る。尽く天地人をして無為無事の大達なる場に居らしめ、生を超え死を出づる、之を清浄と名づく。是れ大悲の用也。諸天子は此の事を保任するの故に、尊宗を熟考して、天孫は天照太神を崇め、天照太神は則ち天御中主神を貴ぶ。故に二柱の太神の霊鏡は、皇孫杵独王に属して、如々安楽の地に降り居(ま)して天下を治め、君臣万民を度す。尓の時、天帝、大和姫の皇女に託して宣たまはく、 「人は各天地大冥の時を念へ。日月星辰の像、虚空に照現するの代、神足地を履みて天御量柱を興つ〈神語の天瓊戈、亦天逆戈、亦杵独王の矛、亦常住慈悲心王の柱なり〉。中都国(なかつくに)に於いて、上去り下來りて六合を見そなはして、天照太神は悉く高天原〈三光の天なり〉を治め、天紱(ふつ)を耀かし、皇孫杵独王は、専ら豊葦原の中国を治め、日嗣を受く。聖明の覃(およ)ぶ所、砥属(ししょく)といふこと莫し」と。宗廟社稷の霊。得一無二の盟をなし、百王を鎮護するの神宣、孔照(はなはだあき)らかなり。
水大の元始
夫れ水は則ち道の源(みなもと)、流れて万物の父母と為る。故に森羅万像を長養す。当に知るべし、天地開闢の嘗(むかし)、水変じて天地と為りしより以降(このかた)、高天海原に独化(ひとりな)れるの霊物在り。其の形葦牙如し。其の名を知らず。爾の時、霊物の中四理志出(なかよりして)神聖化生す。之を名づけて天神と曰ひ、亦大梵天王と名づけ、 亦尸棄大梵天王と称す。天帝の代(みよ)に逮(およ)びて、霊物を名づけて天瓊(あめのと)玉戈(ほこ)と称す。亦金剛の宝杵と名づく。神人の財と為り、地神の代(みよ)に至りて、之を天御量柱、国御量柱と謂ふ。茲に因りて、大日本の州の中央に興(た)てて、名づけて常住慈悲心王の柱と為す。此れ則ち正覚正智の宝に坐します也。故に心柱(しんのみはしら)と名づくる也。天地人民、東西南北、日月星辰、山川草木、惟(ただ)是れ天瓊玉戈の応変にして、不二平等の妙体也。法起王宜はく、「心柱は是れ独古三昧耶形、金剛宝杵にして、所謂(いはゆる)独一法身の智剣也。故に大悲の徳海の水気変じて、独古の形と化(な)る。独古の形変じて栗柄(くりから)と化し、栗柄、明王を現じ、明王、八大龍王と化りて、心柱の守護に、十二時の将、常住不退、是れ不動本尊の縁也。故に龍神、八咫烏の所化ならば、諸天の三宝、三先にして、荒振(あらぶる)神の使たる也。
大八洲中国の神の座処
吼雀王、古語に一言主、曰はく、「以昔(むかし)、日の子伊弉諾尊、月の子伊弉冉尊、皇天の勅宣に従ひて、天瓊玉戈を受けて、山跡(やまと)の中央に立つ。国家の心柱と為(し)て、八尋の殿を造る〈神祇峯是れ也〉。二柱の神、真経津(ますみの)鏡捧げ持ち、日神・月神と化生してより以来、天下を治め、無相の鏡を以て、神象を磯城(しき)の厳橿(いつかし)の本(もと)の祠に崇むるの故に、金剛峯と名づく。亦日神の所化の故に、大日本高見国(おほやまとひたかみの)と称する也。天帝、恵日を耀かし、癡闇を除き、清浄心を象(かたど)りて、世の福田と為す。権教を仮(か)らず。唯正道を楽(ねが)ふの故に、大葦原千五百秋瑞穂中国(ちいふのあきのみづほのなかつくに)と号す。故に聖には智柱(ちはしら)の立(た)つる瑞穂安國(みづほのやすくに)と曰ふ。此れ常住不二の心柱の義也」と云云。法起菩薩曰はく、「大千世界は常住一心なり」と云云。吾聞く、大日孁尊と法起王と、掌を合せて宣たまはく、「此の地は則ち尊王の本行、最勝の験処也。一切の衆生、妙法を信受する清浄の地也」と。之に因りて、諸天雲の如く集まり、利生雨の如く灑(そそ)く。天神地祇、天地の人神、森羅万像は一毫も差別無し。唯一堅密の身を現じ、国を治め家を治め、物を利するの故に、大和の地と名づく。亦安国と称し、亦一乗の峯と名づく。亦神祇宝山と号して、一言主神を崇め、地鎮の神と為す。之を孔雀王の垂跡と謂ふ也。
第三十一代、高天原広野姫朝廷の御宇、葛木の一言主神と役優婆塞と、互ひに相ひて心を合せ徳を合せて、大法の導師たり。而るに金剛大悲、弁才尽くること無く、能く衆生の煩悩を滅し、遍く国土に遊ぶ。清浄の法を以て、衆毒を抜き、魔縁を降伏せしむ。是れ執金剛神の威徳也。爰に居る人の中に最大の神地は、正しく神明を崇め、終日潔清なることを乱さず、三惑業の身を汚さず、法を以て身と為し、恵を以て命と為し、信を以て徳と為し、道を以て家と為す。心を以て主と為す、仮を以て客と為す。神心調然として、宗祖の道徳を光揚し、時時現前の煩悩、塵塵の解脱をなし、身の独古、変形する神術なり〈此の宝杵は、則ち常世の宮殿の内に納め奉る。 俗に云ふ五百鈴川の滝祭の霊地、底津宝の宮是れ也。是れを滝宮城と名づくる也。亦仙宮と号する也〉 神語の神宝は大八洲を形どり、法性の海の中に入り、天瓊玉戈を用ひて、従前の妄想を降伏し、穏密清浄の本地に至る。 故に一心不乱の菓法外に無し。只是れ切に不浄猛利の人を忌む耶。夫れ天瓊玉戈は、亦は天逆矛と名づく。亦は魔反戈(まがへほこ)と名づけ、亦は金剛宝剣と名づけ、亦は天御量柱、国御量柱と名づけ、亦は常住の心柱と名づく。亦は忌柱と名づくる也。惟(おもんみ)れば是れ、天地開闢の図形(しるし)、天御中主の神宝、独鈷の変ぜる形にして、諸仏の神通、群霊の心識、正覚正智の金剛に坐します也。亦は心蓮と名づく。
帰命本覚心法身 常住妙法心蓮台
本来具足三身徳 三十七尊住心城
普門塵数諸三昧 遠離因果法然具
無辺徳海本円満 還我頂礼心諸仏
凡そ八百万の神祇、下生して、南閻浮提の釈迦尊と与(とも)に、父と為り母と為り、君と為り臣と為りて、生々世々不従はざるの世人無し。孝順の心無く、軽垢罪を犯して、地獄に堕つ。故に日神盧舎那仏等、大乗の心地を説く而已(のみ)。熒惑(けいわく)して心秘の要を守り、右之を筆記する耳(のみ)。時に己卯、沙門行基勅を奉じ、之を撰鈔す。天平十一年己卯、伊勢太神宮の政印一面、始めて之を鋳進む。環柏一百枚を二所太神宮に奉り上ぐ。
神祇宝山記
以て秘本を校し了んぬ
金剛山縁起に云はく
「白鳳四十年辛卯三月の比、役の行者、葛木の縁起十巻を勘(かんが)へ、 之を録し給ひ、一言主の大明神に領(あづ)け奉り給ふ間、一言主、蔵に置かれ納め奉り畢んぬ。其の十巻の内、金剛峯の神祇の巻、世間に流布す。 彼の十巻の縁起は、一言主の明神より、行者返し取り給はずして、大宝元年辛丑六月七日入唐し給ひ畢んぬ。慶雲二年乙巳歳、文武天皇の御宇、一言主の社の神主に、彼の縁起を御尋有り。然るに神、恐れを成し奉るに依りて、取り進め奉らずと云云。其の後、元正天皇の御宇、養老五年辛酉歳、沙門行基、勅定に依りて、僅に金剛山の神祇等の肝要の萬が一を取り、所所を伺ひて記し出せる也。此の外に、昔神祇の尾に天降り給ふ諸神、金剛山の麓の当峯、嶽獄の御在所、其の数多しと雖も、委しく記すに及ばず。 人皆知る所也。
天平十七年辛酉四月一日
興福寺の仁宗之を記し伝ふ」と。
右大和葛宝山記一冊、元禄四辛未秋、小野沢助之進京師に於いて之を写す。

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