神道・神仏習合 諸神本懐集

『諸神本懐集』14 賀茂別雷神社と鴨御祖神社・日吉大社・良忍上人の融通念仏・伏義と女媧

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『諸神本懐集』13のつづき

 

賀茂別雷神社と鴨御祖神社・日吉大社の摂社・宇佐宮

されば賀茂の大明神は、神紙の伯顕重の王の母儀に勅して、念仏の法味をあぢはひ、聖真子の宮は、当社の不断念仏をよみして、一首の和歌をしめしたまひけり。

かの御うたにいわく、

ちはやふる たまのすだれをまきあげて 念仏のこへを きくぞうれしき

当宮は、まさしく弥陀の垂迹にてましませば、名号の功徳を愛楽したまへること、まことにいはれあることなり。

“賀茂の大明神”は、賀茂別雷神社(上社・京都市北区)と鴨御祖神社(下社・京都市左京区)の総称。
“聖真子の宮”は、日吉大社の摂社・宇佐宮で御祭神は田心姫神(タゴリヒメ)、阿弥陀如来を本地仏としています。

良忍上人の融通念仏

しかのみならず、良忍上人のすすめられし融通念仏には、鞍馬寺の毘沙門みづから名帳をかきて、念仏を修し、梵天・帝釈よりはじめて、日本国中の一切の神紙・冥道ことごとく、その念仏をうけき。現証これあらたなるものなり。

“良忍上人”は、融通念仏宗の開祖・聖応大師・良忍(りょうにん・1073-1132)。
比叡山東塔常行三昧堂にて不断念仏を修め、22歳から23歳の頃に京都大原に隠遁し念仏を行じました。
1117年に阿弥陀如来から「一人一切人,一切人一人。一行一切行,一切行一行」の偈文を感得し,融通念仏宗を開きました。

道綽禅師『安楽集』

なかんづくに、念仏を行ずるひとは、日月星辰のめぐみにもあづかるべし。
そのゆへは、道綽禅師の安楽集に、須弥四域経をひきていはく、
「天地はじめてひらけしとき、いまだ日月星辰ましまさず。たとひ天人来下することあれども、うなじのひかりをもて照用す。そのときに人民おほく苦悩を生ず。

“道綽禅師”=道綽(どうしゃく・562-645)は道綽大師・西河禅師とも称され、浄土宗では浄土五祖の第二祖、浄土真宗では、七高僧の第四祖とされます。
“安楽集”は、道綽撰の『観無量寿経』の注釈書。
“須弥四域経”は残念ながら現存しません。偽経とされています。

ここに阿弥陀仏、二菩薩をつかはす。
ひとりおば宝応声菩薩となづく。
ふたつおば宝吉祥菩薩となづく。
すなはち伏義・女媧これなり。

伏羲と女媧

伏義(フッキ)と女媧(ジョカ)は、中国・タイ・ラオス・ミヤンマー・ラオス・ベトナムの山岳地帯に住むミャオ(苗)族の神ですが、中国の神としても伝えられています。
伏義と女媧は兄妹であり夫婦でもあるので、伊弉諾尊(イザナギ)と伊弉冉尊(イザナミ)と同一視されることもあります。
昔、大洪水がおこり人類が滅亡しましたが、伏義と女媧だけはヒョウタンの中にいたので無事でした。
伏義と女媧は結婚し、人類の始祖となったと伝えられています。

 

 

 

 

 

 

※【本文】は、日本思想大系〈19〉中世神道論によりましたが、読みやすさを考慮し、カタカナをひらがなに改めました。

『諸神本懐集』15につづく

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