月別アーカイブ:2019年10月

2019/12/21

『中臣祓訓解』4 瀬織津比咩神(せをりつひめ) 速須戔鳥尊=焔羅王

初めての方は『中臣祓訓解』1からどうぞ 『中臣祓訓解』3のつづき 天津神天磬門押披(あまつかみはあまのいはとをおしひらき) 〈天照大神《照皇太子》、高皇産霊神《高貴尊》、天御中主神《照皇天子》、御気津神。豊受太神と号ふは是れなり。亦日なり。〉 国津神高山之末(くにつかみはたかやまのすへ) 〈須弥山〉。短山之末(みじかやまのすへ)〈七金山〉。 伊恵理(いほり) 〈宮殿なり。謂はく、国津神、大神、大倭、葛木、鴨、出雲大己貴、事代主神の類なり。伊恵理、是れは謂はく、廬戸宮なり。〉 所聞食(きこしめすところ) 〈 ...

2019/10/31

『中臣祓訓解』3 天津罪(あまつつみ) 国津罪(くにつつみ)

  初めての方は『中臣祓訓解』1からどうぞ 『中臣祓訓解』2のつづき 天之益人等(あまのますとら)が 〈謂はく、一日に千人死にしとき、一日に千五百人生(あれま)す。是れ伊弉那諾尊と伊弉那美尊との誓願なり。故に天の益人(ますと)と名づくるなり。天と号づくるは、大日宮、世界国土、一切の我等衆生を作るが故なり。皆是れ国土日月の中に住する者なり。故に天の益人と曰ふ。其の事理を辨ずれば、其の本源を明らむるに、一切衆生、続生入胎の初め、先づ虚空に住す。其の後漸々にして形五輪の躰と成る。次に五輪反じて人の躰と ...

2019/10/31

『中臣祓訓解』2 天照太神、豊受大神、高皇産霊神、神皇産霊神、津速産霊神、正哉吾勝尊

『中臣祓訓解』1のつづき 神聖其の中に座せり。 名づけて大日霊貴と曰(まう)す。 当に知るべし、生を此の国に受けたる衆生は、仏威神力を承けて、諸仏と共に其の国に遊ぶ。 是れ則ち仏説なり。 是れ我が言にあらずと云々。 以下は、『中臣祓』本文の解説になります。 太字が『中臣祓』本文、〈〉内が解説です。 ※参考『中臣祓』 高天原に 〈色界の初禅、梵衆の天なり。三光天。南贍浮樹の下、高庫蔵是なり。五蔵の中の大蔵なり。故に万宝の種を納む。〉 神留り坐す 〈天照太神、豊受大神、高皇産霊神、神皇産霊神、津速産霊神、正哉 ...

2019/10/31

『中臣祓訓解(なかとみのはらえくんげ)』1

『中臣祓訓解(なかとみのはらえくんげ)』は日本国が神国であると同時に仏国土であるという中世神道の立場から、「中臣祓(なかとみのはらえ)」を解説しています。 中臣祓訓解 夫れ和光垂迹の起り、国史家牒に載すと雖(いえど)も、猶(な)を遺(のこ)る所有りて、本の意(こころ)を識(し)ること靡し。 聊(いささ)か覚王の密教に託(つ)げて、略して心地の要路を示すらく而已。 蓋(けだ)し開く、中臣祓(なかとみのはらへ)は、天津祝(あまのほさ)、太祝詞(たののんとことば)、伊弉那諾尊(いざなぎのみこと)の宣命なり。 天 ...

2019/10/26

『中臣祓(なかとみのはらへ)』解説と本文

「中臣祓(なかとみのはらえ)」は、「中臣祓(なかとみのはらえ)」の他に「中臣祭文(なかとみのさいもん)」や『大中臣経(おおなかとみきょう)』ともよばれる祝詞です。 『延喜式(えんぎしき)』巻八の「六月晦大祓(大祓詞)」をもとにして作られたとされており、大祓詞(おおはらへのことば)と混同されるが、同じではありません。 12世紀成立の『朝野群載(ちょうやぐんさい)』巻六に「中臣祭文」として収録されたものが、現存最古とされています。 東大寺の修二会などでも中臣祓が唱えられているそうですが、中臣祓を唱える密教修法 ...

2019/10/14

幾何学曼荼羅(図絵曼荼羅)の成立要因についての一考察 瞑想 マンダラ ゾクチェン トゥカル

序論 曼荼羅がどのように成立したのかという問いに対し、田中公明氏はその労作『曼荼羅イコノロジー』(註1)、並びに『両界曼荼羅の誕生』(註2)において実に豊富な資料を挙げ、極めて明快な解説をされている。 (註1)曼荼羅イコノロジー その要旨は以下のとおりである。 紀元二世紀頃の仏像にも見られる釈迦・観音・金剛手からなる三尊形式(図1)は、幾何学パターンをもたない叙景曼荼羅(註3)へと発展した。東寺蔵「請雨経曼荼羅」(図2)は叙景曼荼羅の一例である。この曼荼羅の中央の楼閣は後に出現する「幾何学的構造を持つ曼荼 ...

2019/10/13

『天地麗気記』解説7 神武天皇 神日本磐余彦天皇(かむやまといわれびこのすめらみこと)

はじめての方は『天地麗気記』解説1からどうぞ 『天地麗気記』解説6のつづき 【書き下し文】 日本磐余彦天皇(やまといはよひこすへらみこと) 彦波瀲武鸕鶿草葺不合尊の第四子也。 母(いろは)は玉依姫と日ふ。 海童(わたつみ)の大女(おほむすめ)也。 日本の人皇の始、天照太神五代の孫(みまこ)也。 庚午の歳誕生(みあれ)ますと云々。 【現代語訳】日本磬余彦天皇(やまとイワレビコのすめらみこと) 彦波瀲武鸕鶿草葺不合尊(ウガヤフキアエズ)の第四子。 母は海童の長女・玉依姫と言う。 日本の人皇の始めで、天照大神か ...

2019/10/13

『天地麗気記』解説6 天壌無窮(てんじょうむきゅう)の神勅

はじめての方は『天地麗気記』解説1からどうぞ 『天地麗気記』解説5のつづき 【書き下し文】天照皇大神、宝鏡を持して祝(ほ)ぎて宣(のたま)はく。 「吾児、此の宝鏡を視(みそな)はしめて、当猶視吾(わかかたしろとて)、与(とも)に床(ゆか)を同じく殿(みあらか)に共(なら )べて、以て、斎鏡と為(たてまつ)るべし。宝祚(あまのひつき)の隆(さか)へしほど、当(まさ)に天壌窮無(あめつちきはまることな)く与(しら)すべし。」 【現代語訳】天照皇大神が、宝鏡を持って言祝(ことほ)いで言われた。 「吾が児よ、この ...

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