月別アーカイブ:2021年01月

2021/2/12

『坐禅三昧経』19「第四 思覚を治するの法門」7

はじめての方は『坐禅三昧経』1からどうぞ 『坐禅三昧経』18のつづき 問いて曰く、「云何が不死覚を除かんや」と。 答えて曰く、「応に行ずる者に教うべし。 好き家に生まるるが若(ごと)き、種族の子にして才技力勢、人に勝れたるが若きは、一切念ずる莫かれ。 何を以ての故なるや。 一切の死せる時、老少貴賤・才技力勢を観ぜず。 是の身は是れ一切の憂悩の諸もろの因縁にして、因りて自ら少多の寿を見るなり。 安穏を得るが若きは、是れ痴人と為す。 何を以ての故なるや。 是れ憂悩と謂い、因依せるは是れ四大なり。 四大、色を造 ...

2021/1/20

『坐禅三昧経』18「第四 思覚を治するの法門」6

はじめての方は『坐禅三昧経』1からどうぞ 『坐禅三昧経』17のつづき 問いて曰く、「云何が国土覚を除かんや」と。 答えて曰く、 「行ずる者、若(も)し是の国土の豊楽安穏(ぶらくあんのん)にして諸もろの好き人多しと念ずれば、恒に国土の覚縄(かくじょう)の牽(ひ)くところと為らん。 将(まさ)に罪処の覚心を去らしめんとせば、是くの如くせよ。 若し智人有らば、応に念著すべからず。 何を以ての故なるや。 国土の種種なる過罪の焼くところの時節もて転ずるが故に。 亦た飢餓有りて、身の疲れ、極まれるが故に。 一切の国土 ...

2021/1/20

『坐禅三昧経』17「第四 思覚を治するの法門」5

はじめての方は『坐禅三昧経』1からどうぞ 『坐禅三昧経』16のつづき 問いて曰く、「如何が親里覚を除かんや」と。 答えて曰く、「応に是くの如く念ずべし。 世界に生死(しょうじ)せる中に自ら業縁もて牽(ひ)かる。 何者ぞ是れ親なるや。 何者ぞ親に非ざるや。 但(た)だ愚痴を以てするが故に、横(よこし)まに著心を生じて計りて我が親と為すのみなり。 過去世に親に非ざるをば親と為し、未来世に親に非ざるをば親と為す。 今世に是れ親なるは過去に親に非ず。 譬うるに、鳥、栖(す)みて、暮れに一樹に集まるも、晨(あした) ...

2021/1/14

『坐禅三昧経』16「第四 思覚を治するの法門」4

はじめての方は『坐禅三昧経』1からどうぞ 『坐禅三昧経』15のつづき 問いて曰く、「云何が悩覚を除かんや」と。 p78L1 答えて曰く、 「衆生の百千種の 諸病、更互(こうご)して恒に来たりて悩まさる 死賊、捕らえて伺い、常に殺さんと欲し 無量の衆苦もて自ら沈没す 云何が善人も復た悩を加えんや 讒謗(ざんぼう)謀害して慈仁無くんば 未だ彼れを傷つくるに及ばざるも、 殃(わざわ)いを身に被(こうむ)る 俗人、悩を起こすは、是れ恕(じょ)すべし 此の事、世法にして悪行の因なるも 亦た自ら『我れ善を修せり』と言 ...

2021/2/12

『坐禅三昧経』15「第四 思覚を治するの法門」3

はじめての方は『坐禅三昧経』1からどうぞ 『坐禅三昧経』14のつづき 問いて曰く、「云何が瞋恚覚を滅せんや」と。 答えて曰く、 「胎中より来(き)たり生じて常に苦なるも 是の中に衆生、瞋悩莫(な)し 若し瞋悩を念ぜば、慈悲滅し 慈悲・瞋悩、相い比(たぐ)いせず 汝よ、慈悲を念ぜば、瞋悩滅す 譬うるに明・闇の処を同じうせざるが如し 若し浄戒を持するも瞋恚を念ぜば 是の人、自ら法利を毀破せるなり 譬うるに、諸もろの象の水に入りて浴し 復た泥土を以て身に塗坌(ずふん)せるが如し 一切は常に老病死有りて 種種なる ...

2021/2/12

『坐禅三昧経』14「第四 思覚を治するの法門」2

はじめての方は『坐禅三昧経』1からどうぞ 『坐禅三昧経』13のつづき 問いて曰く、「未だ道を得ずんば、結使(けっし)、未だ断だず。六つの思覚、強くして心より乱を生ず。云何が能(よ)く除かんや」と。 答えて曰く、「心に世間を厭(いと)い、能く遮するを正観せば、而ち未だ能く抜かざるも、後ち無漏道を得て、能く結使の根本を抜かん。 何をか正観と謂うや。 多欲の人の欲するを求むるを見るは苦なり 之れを得て守護するは是れも亦た苦なり 之れを失いて憂悩するも亦た大苦なり 心に欲するを得る時に満つること無きは苦なり 欲は ...

2021/1/11

『坐禅三昧経』13「第四 思覚を治するの法門」1

はじめての方は『坐禅三昧経』1からどうぞ 『坐禅三昧経』12のつづき 第四 思覚を治するの法門 若し思覚偏多なれば、当に阿那般那三昧(あなはんなざんまい)の法門を習すべし。 三種の学人有り。 或いは初めて行を習し、或いは已に行を習し、或いは久しく行を習するなり。 若し初めて行を習せば、当に教うべし。 言わく、「一心に数を念じて息を入れ息を出(い)だせよ。 若しくは長く、若しくは短く、数えて一より十に至れよ」と。 若し已に行を習せば、当に教うべし。 言わく、「数えて一より十に至り、息の入出に随いて、念と息と ...

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