Nepal

2019/5/24

ネパール ポカラからカトマンドゥへ

 眼下には、雪をかぶったヒマラヤの山々がそびえていた。  雨期のポカラは灰色の雲に覆われ、ヒマラヤの山々が姿を見せてくれることはなかったが、雲の上に行けば、雨期だろうと関係なかった。  太古の昔から雪を被り続けている山々が、犯しがたい崇高さをもって、そこにそびえたっていた。  峻厳な山岳に降り積もった粉雪が、風に吹き飛ばされていくのが見える。  圧倒的な威容。  厳しいまでの美しさ。  私は、思わず手を合わせていた。  この神々しい山々が、どの神仏の垂迹であるかは、問題にならない。  山々は、絶対的真理の ...

2019/5/24

ネパール ポカラへ

 山々に囲まれた谷間の斜面に削り出された道路上で、バスは長い間、停まったままだった。  車内ではイスラエル人たちが、いつ走り出すのかと騒ぎ続けている。  一時間ほど待たされた後、乗客は全員、降ろされた。  預けていた自分の荷物を渡され、「歩け」とだけ言われた。  斜面に沿って湾曲した道路に、ポカラへ向かうバスが十数台連なっていた。  私は重い荷物を背負って、連なるバスの傍を歩いて行く。  日射しが強かったが遮るものが何もなかった。  長い間、上り坂が続く。  途中で座り込んでいる者もいる。  強力な太陽光 ...

2019/5/24

ネパール ダクシンカリにて

 その日は、谷底に祀られている女神に、生け贄が捧げられる日だった。  神の前にいる聖職者は、実に手際よく、生け贄をさばいていく。  施主から鶏を受け取ると同時に、頭をひねり首をねじ切る。頭を祠の上に投げ置き、胴体から噴き出す血を神像にかける。  胴体を施主に手渡すと、すぐに次の鶏を受け取る。  十畳ほどの白いタイル張りの床に、赤い血が染みわたってゆく。  おびえる子山羊が、首に紐をくくられ引きずられてきた。  鶏が殺されてゆく横で、山羊は床に押さえつけられ、鉈で首を叩き落とされた。  私は座って、動物たち ...

2019/5/24

ネパール カトマンドゥにて2

 カトマンドゥは喧噪と汚濁に満ち、いくつもの深刻な問題を抱えていた。  大気汚染もその一つだ。  カトマンドゥを走る車のほとんどが、インドから仕入れた中古車である。  インド国内を走る車もひどいが、さらにその中古である。そのうえネパールで売られているガソリンは不純物が多く、インドよりも格段に質が劣る。  そのため車の管がすぐに腐ってしまうので、ガソリンを垂れ流しながら走っている車も多い。  日本では、間違いなく廃車扱いになるような車がほとんどだ。  街に出るとき、私はいつもマスクをしていた。マスクをしない ...

2019/5/24

ネパール スンダリジャルにて 5

 しとしと、という音の中で、目が覚めた。  雨の臭いがする。  目を開いても、闇の中にいることに変わりはなかった。 「夢」の修行をしているときは一晩で十回以上、夢を見る。夢が途切れるたびに目が覚めるので、行中は慢性的な寝不足である。  つい先ほど見ていた夢を辿っていく。  夢の中の風景を忠実に再現していく。  青い海と白い砂浜。  椰子の木陰。  小さな仏像。経典。数珠。  夢の中の私自身。  私は、夢の中でも昼間行っていた瞑想を行じていた。  違うのは、カビ臭いコンクリートの部屋か、南の島の白い砂浜かと ...

2019/5/24

ネパール スンダリジャルにて 4

 蜂が巣を作り始めた。  部屋の窓は開き窓になっており、木窓は外側に、網戸は内側に開くようになっていた。  その間に鉄格子があり、そこに蜂たちが巣を作っているのだった。  蜂の身体は細く、尻がとがっていた。  刺されると妙に痛かった。  蜂は本能により、私を刺した。  本能だから、仕方がなかったのだ。  巣は、日増しに大きくなっていく。  蜂の数が増え、度々、部屋の中に迷い込んできたが、蜂は攻撃的ではなかった。  壁にとまっている間にコップを被し、紙でふたをして外で放してやると、素直に巣に戻っていった。 ...

2019/5/24

ネパール スンダリジャルにて 3

 毎年、ホーリーの日が来ると、絞り出すような泣き声を聞く。  私は立ち上がり、屋上へ歩き出した。  ホーリーはヒンドゥー教の祭りで、この日は何をしても悪業を積まないのだとされている。だから、みんな滅茶苦茶するのだ。  太古の昔、神が定めたとされる身分制度が、ヒンドゥー教文化圏では現代でも、人々に対して強い拘束力を持ち続けている。  ホーリーの日、低カーストの者たちは日頃の鬱憤を晴らすべく、普段できないような大胆な行動に出る。  インドでは、高カーストや外国人に対し、殺人を犯す者も出るという。  しかし、こ ...

2019/5/24

ネパール スンダリジャルにて 2

 戸口に立つと、血の臭いがした。  扉を開くと、戸口を塞ぐように、血まみれの自動車が停めてあった。つい先ほど人間をひき殺してきたかのような凄惨な状態だ。  向かいの家の前で、男が山羊を押さえつけている。  子供たちが見守る中、斧が振り下ろされる。  切れ味の悪い斧は、山羊の首の半分あたりまでくい込んだだけだった。  山羊は血を吹き出しながら、何とも悲痛なうめき声をしぼりあげている。  それを見て無邪気にはしゃいでいる子どもたち。  男は首が落ちるまで、何度も斧を振り下ろし、その度に、山羊は眼球を剥き出し、 ...

2019/5/24

ネパール スンダリジャルにて 1

 その日はなぜか騒がしかった。もしかしたら、何か意味のある日だったのかもしれない。  はす向かいの大家の部屋に、ネパール人が何人も集まって熱心に話し合っていた。  話し声は、私の部屋の中にまで響き渡った。  そんなことは滅多にあることではなかった。  腕の上下運動で、灯油コンロに空気を送り込む。ピストンの革製部品がすり減ってしまっているので、タンク内の圧力がなかなか上がらない。  バルブを開く。  一瞬の間をおいて、灯油が噴き出した。  マッチをすって灯油の受け皿に入れる。火が吹き上がり、部屋はすすと油煙 ...

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