『中臣祓訓解』まとめ 真言密蔵の本源、天神地祇の父母なり

中臣祓訓解

『中臣祓訓解(なかとみのはらえくんげ)』は日本国が神国であると同時に仏国土であるという中世神道の立場から、「中臣祓(なかとみのはらえ)」を解説しています。

中臣祓訓解
夫れ和光垂迹の起り、国史家牒に載すと雖(いえど)も、猶(な)を遺(のこ)る所有りて、本の意(こころ)を識(し)ること靡し。
聊(いささ)か覚王の密教に託(つ)げて、略して心地の要路を示すらく而已。
蓋(けだ)し開く、中臣祓(なかとみのはらへ)は、天津祝(あまのほさ)、太祝詞(たののんとことば)、伊弉那諾尊(いざなぎのみこと)の宣命なり。
天児屋根命(あめのこやねのみこと)の諄解(じゅんかい)なり。
寔れ則ち己心清浄の儀益、大自在天の梵言、三世諸仏の方便、一切衆生の福田、心源広大の智恵、本来清浄の大教、無怖畏陀羅尼、罪障懺悔の神咒なり。
是に最勝最大の利益、無量無辺の済度、世間出世の教道、抜苦与楽の隠術なり。
天地と与(とも)に以て長く存し、日月と将(とも)にして久しく楽しからん。
所以(このゆえ)に嘗天地開闢(むかしあめつちひらきはじ)めて初め、神宝日出でます時、法界法身心王大日、無縁悪業の衆生を度せんが為に、普門方便の智恵を以て、蓮花三昧の道場に入り、大清浄願を発(おこ)し、愛愍(あいびん)の慈悲を垂れ、権化の姿を現じ、跡を閻浮提(えんぶだい)に垂れ、府璽(ふじ)を魔王に請ひて、降状の神力を施して、神光神使八荒に駅し、慈悲慈檄、十方に領(あづか)しより以降、忝く大神、外には仏教に異なる儀式を顕し、内には仏法を護る神兵と為る。
内外詞異なると雖も、化度の方便に同じく、神は則ち諸仏の魂、仏は則ち諸神の性なり。肆(かるがゆへ)に経に云はく、「仏、不二門に住して、常に神道迹を垂る」と云々。
惟(ここ)に知りぬ、諸神の通力を以て、顛倒の衆生をして、所求の願力を以て、仏道に入らしむ。
此れ則ち、善巧の方便、大慈大悲の実智、色心不二、平等利益の本願なり。
茲に因りて、現(うつつ)には即ち神祇の験を顕はし、神民の威を施し、一期の苦愁を消して、百年の栄楽を𢗜す。
当には亦五住の煩悩を離れて、即ち三界の樊籠(はんろう)を出(い)で、真如の妙理を悟りて、即ち密厳の花臺を証するかな。
凡そ此の祓は、神詞(かんことば)最極の大神咒なり。一切の願を満すことは、疾風の染(ぜん)ずるが如し。
所求円満することは、自在天の如し。
然れば則ち、十界平等の本道、諸尊大悲の法門、法尓成道(ほうにじゃうだう)の通相、諸天三宝の秘術なり。上智の前には則ち、諸尊瑜伽の教法、下愚の前には便ち、縁覚声聞の良因なり。
祓、此れを神代の上には、遂之(やらひます)と曰う。
此には波羅賦(はらへ)と云うと云々。其の実を考へ挍(かんが)ふるに、知恵の神力を以て怨敵四魔を破す。
祭文の本紀に曰はく、「三世の怨敵は、境を隔てて近からず。万人の悪念は、境を越えて遠く滅す。凡そ三災七難は、湯を以て雪を消すが如し。百毒九横は、水を以て火を消すが如し。
万悪千害は、火を以て毛を焼くが如し。
然れば則ち、悪鬼万里に別れて、七難近づきて起らず。
堅牢五帝を催し、万福近づきて来生す。
此の一度の祓、百日の難除り、百度の祭文、千日の咎捨つ」と云々。
大麻(おほぬさ)の躰相は、自性清浄の三昧耶、普現三昧の形表なり。
夫れ忍辱の袍を着(き)、正直の笏を把(と)り、三毒七難を払ひ、五濁八苦を済(すく)ふ。
祭服は則ち忍鎧なり。
群賊に拒(こば)んで、笏を把れば則ち智釼なり。衆敵を威(おど)す。
其の形直(すなほ)にして其の事捥し。
祓具、此には波羅閇都母能(はらへともの)と云ふ。
贖物は散米(さんく)・幣帛・金銀鐵人の像・弓箭・大刀・小刀の類等、皆是れ悪魔降状の神兵の具なり。
諸仏納受を垂れ、方便の神力を施し、定恵の弓箭を彎(ひ)いて、知恵の釼刀を摺(と)り、輪王釈梵東西に騁せしめ、天魔外道等南北に迯(に)ぐ。日月・五星・十二神・二十八宿、光を和げ塵に同じくして、衆生を利益せんとす。
誓願して掌を合す。
幣帛等は人、生々に貴きは、天地の恩、之に過ぎず。
又世々に忝きは、仏神の徳、之に越えず。
仍(よ)りて此の恩を報と為(す)るなり。
解除(はらへ)の事は神秘の祭文を以て、諸の罪咎を祓(はら)ひ清(きよ)むれば、即ち阿字本不生の妙理に帰して、自性精明の実智を顕す。而して諸法に於いては、浄不浄の二を出でず。故に有為は不浄の実執なり。
無為は清浄の実体なり。
是れ則ち吾が心性なり。
禅定を修すれば、其の心漸く清浄と成る。玆に因りて、謹請再拝して、七座之を宣(の)ぶれば、無明住地の煩悩の泥に穢(けが)されず。流に向ひて恭敬して、七度之に触るれば、能く池水の浪潔(いさぎよ)くして、心の源清浄なり。
肆に十煩悩の網を離れて、三有の際に纏(まつ)はること無し。此を名づけて解除と云ふ。此れ則ち滅罪生善、頓証菩提の隠術なり。
吾聞く、天神地祇を敬祭するには、潔清なるを以て懐(おもひ)を益し給ふ。
故に不浄の物は、鬼神の悪む所なり〈天霊を神と曰(い)ひ、地霊を祇と名づけ、人の魂を鬼と号(な)づく。謂はゆる天神・地祇・人鬼是れなり〉。
聖朝勅語の辞(ことば)は、「災を攘ひ福を招き、必ず幽冥に憑(よ)る。
神を敬ひ仏を尊び、清浄なるを先と為」と云々。経に曰はく「己(おの)が心念清浄なれば、諸仏此の心に在り」と云々。
清浄は即ち己心清浄の智用、寂静安楽の本性なり。不浄は便ち生死輪廻の業因、無間火城の業果なり。
故に不浄の中には、生死の穢泥太(はなは)だ深し。仏説に言(のたま)はく、「垂跡誡むる所は、諸仏の顕戒に通じ、諸神の誡めに随へり、諸仏の戒に順ず。或いは斎月祭日の精進を勤め、或は住詣して歩を運び、貴賤等若しくは一花一香を擎(ささ)げて、三宝を供養し奉り、若しくは蘋繁蘊藻を以て、神祇等に備へ祭る。
斯の如き等の者は、漸く之を以て縁と為り、内法に導き入れて、一浄土の縁を結びて、生死の海を度りて、涅槃の岸に着かしむ。
若し亦衆生善無ければ、我善を以て衆生に施し、悟無ければ、我悟を以て衆生に向ひて内証を照す」と云々。
定めて知りぬ、是れ、人、三世の諸仏の智恵を持ち、二世の所求の円満を得ること、不可説なり、々々々(不可説)なり。
見説(いふならく)、是により東の方、八十億恒河沙の世界を過ぎて、一仏土有り。
名づけて大日本国と云ふ。

神聖其の中に座せり。
名づけて大日霊貴と曰(まう)す。
当に知るべし、生を此の国に受けたる衆生は、仏威神力を承けて、諸仏と共に其の国に遊ぶ。
是れ則ち仏説なり。
是れ我が言にあらずと云々。

以下は、『中臣祓』本文の解説になります。
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※参考『中臣祓』

高天原に
〈色界の初禅、梵衆の天なり。三光天。南贍浮樹の下、高庫蔵是なり。五蔵の中の大蔵なり。故に万宝の種を納む。〉
神留り坐す
〈天照太神、豊受大神、高皇産霊神、神皇産霊神、津速産霊神、正哉吾勝尊、伊弉那諾尊。〉
皇親神
〈天照太神、天之御中主神、豊受神の坐すなり。高皇産霊神、神皇産霊神〉天孫の尊の祖神なり。
漏伎漏美
〈謂はく、神の祖なり。親の言なり。津速産霊神。〉
命を以て
〈謂はく、皇親の勅命を以て八百万神達を召すなり。〉
八百万の神達を
〈梵王帝釈、無量の天子、四大天王、無量の梵王天、八万四千の神なり。〉
我皇孫尊
〈天津彦彦火瓊瓊杵尊なり。天照大神の太子正哉吾勝尊の太子、御母高皇産霊神の女(むすめ)、万栲豊秋津姫命なり。〉
豊葦原水穂国
〈大八州神倭国なり。陽谷輪王所化の下、玉藻帰る所の嶋、預樟日を蔽す浦、之を名づけて南閻浮提と曰ふ。水穂国は、肥饒豊富の国を謂ふなり。〉
安国
〈謂はく、日本の浦安国なり。〉
荒振神等
〈素戔鳥尊の子孫大己貴神、其の子事代主神、是等の類なり。〉
神問
〈香取明神、経津主命。鹿嶋明神、武甕槌命。〉
磐根樹立草之垣葉語止(いはねこたちくさのかきはもことめて)
〈能く言語ふ。咸皆強暴なるが故に、先づ鹿嶋・香取二〈ふたはしら〉の神を遣して、以て邪神(あしきかみ)及び草木石の類を遂ひ誅して、皆巳に平らぎ治る。木の祖を久久能智神といふ。〉
天之磬座押放(あまのいはくらをしはなち)、天之八重雲(あまのやえくもを)、伊豆之千別千別而(いつのちわけにちわけ)、天降座(あまくだしまします)
〈皇孫尊、天より下り座す間に、供御饗。尓の時に御盃(みき)の中に、霧起(きりた)ちて闇(くら)く、天水国水相霧く々(霧く)塞る。茲に因りて尊天より下り坐すこと得ず。尓の時に天押雲命、中臣祓を以て解除(はら)へ清浄(きよ)めて、天八重雲より出(いづ)の道別(ちわ)き々々(道別)きて、天下り座すこと得たり。筑紫の日向高千穂の槵触(くしふる)の峯に天降跡(いま)す。〉
四方之国(よものくに)
〈大日本州なり。大日宮、世界の国土なり。〉
大倭日高見之国
〈大八州の中に在り。其の地広大なり。日本は則ち倭国の別名なり。〉
下津石根(しもついはね)
〈謂はく、金剛宝座なり。〉
宮柱太敷立(みやはしらふとしきたて)
〈皇孫降りまさむと欲たまふ時に、皇祖勅して曰はく、其の造宮の制(のり)は、柱は則ち高く太く、板は則ち広く厚くと云々。〉
高天原千木高知(たかまのはらにちぎたかしりて)
〈言はく、其の搏風峻峙にして、雲を穿ち天を摩するの意なり。〉
美頭之御舎
〈美頭は富饒の名なり。古語なり。凡そ日神天の石窟(いはと)を開きしより以降、瑞の材木を以て、始めて瑞宮殿を造り建て遷り座す。宮は使者眷属衆生なり。殿は声聞縁覚菩薩なり。鳥居は宝蓮の形、阿字門なり。〉
天之御陰(あまのみかげ)、日之御陰隠坐(ひのみかげかくれまし)
〈謂はく、天の御翳(みかげ)、日の御翳造り奉仕す〉

巳上大殿祭(おほとのまつり)を制造(つく)りて、天種子命をして解除(はら)はしむと云々
〈祓は表白是なり〉

 

天之益人等(あまのますとら)
〈謂はく、一日に千人死にしとき、一日に千五百人生(あれま)す。是れ伊弉那諾尊と伊弉那美尊との誓願なり。故に天の益人(ますと)と名づくるなり。天と号づくるは、大日宮、世界国土、一切の我等衆生を作るが故なり。皆是れ国土日月の中に住する者なり。故に天の益人と曰ふ。其の事理を辨ずれば、其の本源を明らむるに、一切衆生、続生入胎の初め、先づ虚空に住す。其の後漸々にして形五輪の躰と成る。次に五輪反じて人の躰と成る。尊形は常柱にして反せず。凡そ世界は本より本覚なり。本より無明なり。本も亦法界、本は是れ衆生、本(もと)仏なり。〉

雑々罪事(くさぐさのつみこと)
〈中臣祓を以て、諸の罪を解除すれば、則ち是れ真正の浄戒波羅蜜多を宣説せむが為に、此の浄戒波羅蜜多に於て、意界不可得なり。〉

天津罪(あまつつみ)
〈謂はく、素戔鳥尊、天上所犯の罪と為。本記に載すること具らかなり。〉

許許太久罪(ここだくのつみ)
〈言はく、数多の謂なり。俗人己己波久(ここばく)と云、是れ訛(なま)れるなり。凡言なり〉

法別(のりわけ)
〈罪障懴悔の文なり。無漏清浄の法益なり。諄辞(あやつりことば)なり〉

国津罪とは
〈君臣上下の現在所犯の罪なり。〉

生膚断(いきのはだたち)
〈人を傷(そこな)ふなり。炙治なり。故に穢気有り。〉

死膚断(しにはだたち)
〈人を殺すなり。又死人を焼く名なり。故に穢と為〉

白人(しらひと)
〈白癩なり。又白癡なり。〉

古久美(こくみ)
〈瘜肉なり。又云はく、癭瘇の類なり。又云はく、黒癩なり。〉

己母犯罪
〈婚合の罪なり。一に云はく、不孝の罪なり。〉
惣べて祖父母、々々(父母)、伯叔父母、姑、兄姉、外祖父母、夫婦、子等、三密万徳、阿字同躰、遍く五輪を照らすなり。

己子犯罪(おのれがこをおかすつみ)
〈婚合の罪なり。母の胎内の時なり。〉
謂はく、陰陽遍満の躰乾坤に顕れて、皆是れ無始の一念なり、無明と貪欲とは、煩悩の躰なり。故に貪欲を懺悔すれば、即ち仏智に向ふ。

母与子犯罪(ははとことおかせるつみ)・子与母犯罪(ことははとおかせるつみ)
〈過去の父母は、則ち現在の夫妻、現在の妻子は、過去の父母等なり。〉
巳上贖(けが)す所の罪は、謂はく、煩悩に依りて、生死を受け易(かは)る因縁、或いは父母妻奴子と為(な)り、或いは兄弟姉妹と為り、若しくは天魔外道と為り、若しくは餓鬼禽獣と為る。始より今に至るまで、更(かはるがはる)生れ、代(かはるがはる)死す。煩悩塵労の門を排(おしひら)き、六道四生の囚(ひとや)に宿る。転変定り無し。善行を円満して、四恩を祓済し、懺悔の法を修して、一心の理に帰しぬれば、仏と異なること無し。故に則ち、我が心と、衆生の心と、仏の心と、三つの差別無し。我が意(こころ)即ち清浄なれば、我が意即ち宝乗なり。

畜犯罪(けだものをおかすつみ)
〈天皇の朝に、解除(はらひ)婚馬・婚牛鶏の類是れなり。又天孤等の怪なり。〉

昆虫(はうむしのわざはひ)
〈虫の怪は則ち大己貴神(おおなむちのみこと)、禁厭(まじないや)むる法(のり)を定むるなり。〉

高津神災(かんずかみのわざわい)
〈霹靂神の祟り(たたり)なり。乃ち雷電神の怪なり。〉

高津鳥災(たかつとりのわざはひ)
〈鳥類の怪なり〉畜仆〈牛馬等の類なり。〉

蠱物(まじもの)
〈厭魅咒咀なり。〉

天津宮事(あまつみやこと)
〈諸法は影像(やうざう)の如し。清浄にして瑕穢無し。取説不可得なり。皆因業より生ず。〉
神の宣命なり。祝詞なり。謂はく、之を宣(の)れば即ち一心清浄にして、常住円明の義益(ま)すなり。是れ浄戒波羅密多を修するなり。之を観ずれば不可得の妙理なり。

天津金木(あまつかなき)
〈現在に云はく、人犯科有れば、楡楉の二枝をもて祓ふ。是れ一に名づけて白枝と号(い)ふなり。是れ則ち如来大智の宝威、悪魔降伏の金輪なり。〉

千座置座(ちくらのおきくら)
〈木を以て之を為(つく)る。長き者は二尺四寸、八枝を以て束と為(し)、八座に八束を置く。短き者は長さ一尺二寸なり。四枝を以て束と為、四座に四束を置く。八万四千の諸膳供、八葉千葉の花臺、三世諸仏の宝座、天神地祇の宝器、天下太平の吉瑞なり。〉

天津菅麻(あまつすがそ)
〈遍照牟尼の一字金輪の表徳なり。摧魔怨敵(さいまをんじゃく)の三昧耶形の躰相なり。〉
神の代の昔、陽神(ひのはのかみ)の子素戔鳥尊(みこそさのをのみこと)、天上に登りて、多く犯過の罪有り。時に群神(ぐんじん)之を科(はか)り、千座置戸(ちくらおきと)の解除(はらへ)を以てす。天児屋命(あまつこやねのみこと)〈河内の国平岡なり。本地は地蔵なり〉をして以て其の解除の太諄辞(ふとのこと)を掌(つかさど)り、以て天下四国の中の敬祭を束(つか)ねしむ。崇重すれば、門には悪鬼更に向はず。誠深く舎に在れば、物怪永く及ばず。身躰を懺すること有らば、非時の魔、害せず。此の間にして、天神愚身を哀(あはれ)みて守護したまふ。

天津神天磬門押披(あまつかみはあまのいはとをおしひらき)
〈天照大神《照皇太子》、高皇産霊神《高貴尊》、天御中主神《照皇天子》、御気津神。豊受太神と号ふは是れなり。亦日なり。〉

国津神高山之末(くにつかみはたかやまのすへ)
〈須弥山〉。短山之末(みじかやまのすへ)〈七金山〉。

伊恵理(いほり)
〈宮殿なり。謂はく、国津神、大神、大倭、葛木、鴨、出雲大己貴、事代主神の類なり。伊恵理、是れは謂はく、廬戸宮なり。〉

所聞食(きこしめすところ)
〈請へること有れば必ず致す。祈ること有れば必ず応ず。故に大日四種だ法身の諸尊、光明心殿を排開き、妙観察智の月、内外十方の性を照す。仏神の命を頂き、霊鬼を助け、加護を蒙らむこと明けし、一如実相常住円照なり。然れば則ち天照大神は、大日遍照尊、諸神の最貴の者なり。尊きこと二つ無し。諸皆眷属に仕る者なり。〉
直に天津神は四洲を廻りて下界を照し、国津神は八州を径て国土を守る。此れ大慈大悲の誓願なり。此れ衆生利益の方便なり。
伊勢大神託して曰はく〈天平年中、行基菩薩、聖武天皇の勅使と為(し)て、造東大寺の事、祈誠し申し給ふ。此の時の御告文なり〉、実相真如の日輪、生死長夜の闇を明かにし、本有常住の月輪、無明煩悩の雲を掃ふ〈日輪は則ち天照皇大神、月輪は則ち豊受皇大神〉。両部不二なり〈胎蔵界大日教令輪身不動、金剛界大日教令輪降三世なり〉。

科戸風(しなとのかぜ)〈謂はく、八風神を驚かして、無明の雲を扇(あふ)ぎ、煩悩の闇晴れて、常住の月明かなり。故に三明七覚悟を開き、将に二世の素懐を遂げむとす。即ち諸仏の方便、此れ神明の具徳なり。〉

大津辺居大船(おおつべにをるおおふねの)
〈生死の大海なり。大乗懺悔の船なり。謂はく、纜(ともづな)の漂河(へうか)の東に解きて、精進の橦(はたほこ)を樹(た)て静慮の帆を挙げて、須臾(しゅゆ)に三祇を経て菩提の岸に到り登る。〉

繁木本焼鎌敏鎌以打掃(しげきがもとをやきがまのとがまもてうちはらふ)
〈謂はく、知恵の刀を磑(と)ひで百八の煩悩の藪を掃ふ。〉
右に謂はゆる、都(す)べて四重五逆の業塵、八風払ひて残ること無く、三業六情の罪垢(ざいく)、海水洗ひて留らず。八百万の鬼類等の怖れ、障碍(しゃうげ)の難無く、十魔四魔の大軍、速に万病の気を摧く。宜しきかな、無上の妙理を伝へて、一切種智を得、内外の障難を除きて、二世の悉地を成す。

速川瀬(はやかわのせにます)
〈謂はく、筑紫日向の小戸橋之檍原(をとはしのあはきのはら)の上瀬なり。内の意を安ずるに謂はく、三途八難の河なり。〉

瀬織津比咩(せをりつひめといふかみ)
〈伊弉那尊の所化の神なり。八十枉津日神(やそまがつひのかみ)と名づくるは是れなり。天照大神の荒魂(あらみさき)を荒祭の宮と号づく。悪事を除く神なり。随荒天子は焔魔法王の所化なり。〉

八百道(やほあひに)
〈謂はく、海原潮之八百重(うなばらしほのやほへ)是れなり。龍宮なり。〉

速開都比咩神(はやあきつひめといふかみ)〈伊弉那諾尊の所生の神なり。水門神(みずとのかみ)なり《二柱座す》。一に速秋津日子神(はやあきつひこのみこと)と名づく。天照大神の別宮、滝原(たきはら)と号づく。龍宮天子の所化なり。難陀龍王の妹速秋津比売神(はやあきつひめのかみ)、天照大神の別宮並宮と号す。五道大神の所化なり。一切の悪事を消滅するなり。〉

気吹戸(いぶきどに)
〈橘小戸河なり。一書に云はく、泰山と云々。〉

気吹戸主神(いふきどぬしといふかみ)
〈伊弉那諾尊の所化の神なり。神直日神と名づくるなり。豊受宮は荒魂を多賀宮と号づく。善悪不二の心智を以て、諸事に広大の慈悲を垂れ給ひ、聞くことを直し、見直し給ふ神なり。高山天子は大山府君の所化なり。〉

根国底国(ねのくにそこのくに)
〈無間の大火の底なり。〉

速佐須良比咩神(はやさすらひめといふかみ)
〈伊弉那美尊、其の子速須戔鳥尊なり。焔羅王なり。司命司禄等は此の神の所化なり。一切の不祥の事を散失するなり。〉
巳上、天益人より、速佐酒良比咩神に至るまで、天津祝詞、天上〈アマツカミ〉の梵語の言なり。

上件の明神等は、冥道の諸神なり。
一切衆生の為に、一子の慈悲を施す。
諸尊の願海を以て、生死の穢泥を洗ふ。
阿字本性の故に、長寿延命なり。
本記に云はく、「騰源司命、西源魂召を饗し、紫広七座の祓を賛す。明らかに三十年を転ず。祓は此れ不死の薬なり。故に能く万病を治す。然れば則ち、決定の業と雖も、能く之を転ず。若し亦悪道に堕すと雖も、必ず苦に代る。永く三悪道を離れて、即ち成仏すること疑無し」と云々。
惟みれば、吾が国は神国なり。
神道の初め、天津祝詞(いはことば)を呈(あら)はし、天孫は国主なり。
諸の神区(まちまち)に賞罰験威を施して、肆に君臣崇重して幣帛を奉じ、黎下導行して斎祭を致す。
茲れに因りて龍図の運長く、鳳歴の徳遥かに、海内太平に、民間殷富せり。
為(す)る所は伊弉那諾伊弉那美尊、真言密蔵の本源、天神地祇の父母なり。
一切如来は浄妙法身の躰、三世諸仏は大悲法門の主なり。
爰に未来の衆生等、懺悔為(な)す所は少く、所化する者は甚だ多し。
方便の巧智を廻して難度の衆生を渡す。
利益感応の道、内外相応の徳、不思議甚深なり。
是れ則ち、一乗無二の法、義益最も幽深なり。
自地兼ねて利済す。
誰か仏神の教を忘れむや。
抑(そもそ)も両部の大教は、諸仏の秘蔵なり。
諸仏の智恵は、諸神の本源なり。
妙覚の心智、豈に繁論し難しや。
法徳の神力、説き尽すべからず。
時に弘仁十三年仲夏二十五日、沙門遍照金剛、文をもて伝ふ。
某(それがし)聞く、智恵の源極を、強ひて仏陀と名づく。
軌持(きぢ)の妙句を、仮に達磨と曰ふ。
智能く円(まど)かなるが故に、為(せ)ざる所無し。
法能く明かなるが故に、自他兼済す。
五限常に鑒(かんが)みて、溺子(できし)を津渉(しんせふ)し、六道自由にして、樊籠を抜拯(ばっしょう)す。
恒(つね)に魔醯(まけい)を憑念(ひょうねん)して之に帰し、之に接する所以に因る。
不宰の功、何ぞ敢へて之を比喩せん。
弟子去(い)にし延暦二十三年に、天命を大唐に銜(ふ)して〈ふくむる〉遠く鯨(げい)海を渉る。
風波天に沃(そそ)く。
人力何ぞ計らん。
自ら思へらく、冥護に因らざるときは寧(いづくん)ぞ遂に皇美の節を遂(と)ぐることを得んや。
即ち祈願す。
一百八十七所の天神地祇等の奉為(おほんため)に、金剛般若経を写し奉ること、神毎に一巻、鐘谷感応して、使乎(しこ)の美を果すことを得たり。
語寐(ごび)に服思して食味を甘くせず。然りと雖も、公私擾擾(ぜうぜう)として、遅廷跼蹐(きょくせき)す。謹みて弘仁四年十月二十五日を以て、奉写供養す。
並びに以て転諷すること、巻毎に一返。
伏して願はくは、此の妙薬を以て彼の神威を崇め、金剛の恵日、愛河を銷竭(せうかち)し、実相の智杵、邪山の摧砕(さいさい)す。
自他平等に巧に妄執(まうじふ)を割(さ)き、怨親斉(ひと)しく沐(ぼく)して、禍を転じて福と為(し)、三有六途(さんうろくづ)、皆悉く四恩なり、蚑行蠕動(きかうぜんどう)し、何ぞ仏性無からむ。
返りて平等の法雨を灑(そそ)き、早く妙覚の根果を熟せん。

承和二年丙辰二月八日、大仁王会の次に、東禅仙宮寺の院主大僧都、吉津御厨(きつのみくりや)の執行の神主河継に授け給ふ伝記に曰はく、「神は是れ天然不動の理、即ち法性身なり。
故に虚空神を以て実相と為て、大元尊神と名づく。
所現を照皇天と曰ふ。
日と為り月と為る。
永く懸(かか)りて落ちず。
神と為り皇と為る。
常に以て不変なり。
衆生業起するが為に、宝基須弥の磬鏡を樹(た)てて、三界を照し、万品を利す。
故に遍照尊と曰ひ、亦は大日霊尊と曰ふ。
豊葦原中津国に降り居(ま)す。
其の名を点じ、其の形を談じて、天照坐二所皇大神と名づく。
是れ中道法身、常住不反、金剛不壊躰、遍照の智性。
火にも焼けず、水にも朽ちず无漏无垢、清浄白浄の光明、法界に周遍す。
而も心を法界に遊ばしむるは、是れ諸仏の光明、神通力不可思議、言語道断の徳用なり。
故に神は一気の始、生化の元(はじめ)なり。
仏は覚の儀、僧は浄也。聖は无為の者なり。
凡は有為の者なり。
凡そ天神地祇は、一切の諸仏、惣べて三身即一の本覚の如来と、皆悉くに一躰にして二无し。
毘盧遮那は法身如来、盧舎那は報身如来、諸仏は応身如来なり。
三諦は三身なり。
即ち中を法身と為、則ち空を報身と為、即ち仮を応身と為。
三智あり。
一切智は空を照し、道性智は仮を照し、一切種智は中を照す。
三身三智も亦一心に在り。故に一躰には差別無し。
是れ神の一妙なり。
是れ皇天の徳なり。
故に則ち伊勢両宮は、諸神の最貴なり。天下の諸社に異なる者なり。
大方の神に三等在り。
謂はゆる一に本覚といふは、伊勢大神宮是れなり。
本来清浄の理性、常住不変の妙躰なり。
故に大元尊神と名づく。
境界に風動転せず。
心海湛然として波浪无し。
宝躰一心にして、外に別法無し。
本覚と名づくるなり。
二に不覚といふは出雲荒振神(あらぶるかみ)の類なり。
遠く一乗の理法を離れて、四悪四洲を出でず。
仏法僧を見、諸仏の梵音を聞きて心神を失ふ。
无明悪鬼の類なり。
神は是れ実の迷神なれば、名づけて不覚と為るなり。
三に始覚といふは、石清水広田社の類なり。流転の後に、仏説の経教に依りて、无明の眠り覚めて本覚の理に帰る。
是れを始覚と為。
亦実語神と名づくるなり。
惣べて始覚成道の者、仏の外迹と成るなり。
本覚は本初の元神に非ざるなり」と云々。
念心は是れ神明の主なり。万事は一心の作なり。
神主の人人、須(すべから)く清浄を以て先と為、穢悪の事に預からず。
鎮(とこしなへ)に、謹慎の誠を専(もはら)にして、宜しく如在の礼を致すべし。
是れ則ち神明内証の奥蔵、凡夫頓証の直道なる者か。

中臣祓訓解

『中臣祓訓解』、完結です。

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