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釈尊入滅の異説。牛頭天王にとり憑かれた釈迦如来

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釈迦如来が入滅されるときの様相は

ブッダ最後の旅―大パリニッバーナ経 (岩波文庫)に詳しく記されています。
ところが、大パリニッバーナ経 には伝えられていないことが、『牛頭天王島渡り』に伝えられています。

『牛頭天王島渡り』は、奥三河(旧三河国{現在の愛知県東半部}の北東部の山間部)に伝承される祭文です。

『牛頭天王島渡り』によれば、釈迦如来の入滅は、祇園精舎の守護神であるはずの牛頭天王がとり憑いたことによって成されたというのです。

しかも、ここでは、牛頭天王ご自身が“我は是(これ)日本行疫神なり”と言われているとおり、天竺(インド)の神ではなく、日本の神であることが明記されています。

そして、釈迦如来を入滅させた後、八万四千の眷属を連れて日本に帰国します。

其時しやかぶつ(釈迦仏)聞し召しいかなる魔王鬼神にてましますぞ
仏の御弟子迄なやます事ふしぎなりとの給へば

御身には慈悲にんにく(忍辱)の衣を着し

慈悲じざひ(自在)のけさ(袈裟)をかけ。じつそうしん如(実相真如)のくつをはき
百八ぼんの数珠を持。一ゆう三界のしゆじやう(撞杖)をつき
長者が達に渡り給へて
牛頭天王じきだん(直談)目と目を見合
いかなる神にてまします其時とひ給ふ
天王聞し召し御身いかなるものぞととひ給えへば、
我は是天竺にかくれなきしやかぶつ(釈迦仏)といふものと答へ給ふ

天王聞し召し御身が父をばじやうぼん(浄飯)大王

母をばまやふじん(摩耶夫人)と申。人間躰にやどるもの也
我は是須彌の反腹豊鐃国(ぶにゅうこく)と云ところに、父をとうむ天王母をばはりさい女と申仏の子なり

“とうむ神”は武塔神のことでしょう。武塔神は通常、牛頭天王と同体とされますが、ここでは牛頭天王の父とされています。

“はりさい女”は頗梨采女で、通常は牛頭天王后ですが、ここでは母とされています。

 

三世の諸仏父母なり九海の
くんるい(群類)は家なり
我前で仏と思はば御身一人がい(害)して

千人の旦那の命にかへ給へとの給ふ
しゃかぶつは聞し召し其義にてましまさば、我一人がいして千人の旦那をすくわんとて、しやうへい(承兵)元年
きのへとら(甲寅)の二月朔日(一日)に
左りのゆび(指)に取付若一日若二日
若三日若四日若七日程なやませ給へば
只(ただ)当病(とうびょう)と
見へ給ふか十日に十の指をなやませ給ふ
五藏六胕せめ給へば
いかなる仏の御身とて
たまり給ふべからず二月十五日
けい(鶏)の初こへ(声)あか月(暁)に御にうめつ(入滅)なり給ふ

其時五十二類のけだものも五百羅漢達も
しゃかぶつに御名ごり給ふ
其時しゃか仏は末期の一句(く)との給へて
躰はう(失)すると云共命は有
四月八日とらの一天に其義みゑんとの給へて
百千段(梅壇)の木の下でくわそう(火葬)し給へば
煙は天にあがりてしうん(紫雲)たなびき霞となる
かかる処は草木とげん(現)じ
しやう<のはなのいろいろ咲給ふ
四骨は二十五の菩薩となる
何れの衆生(しゅじゃう)をももらさずたすけ給はんための
御にうめつなるとき牛頭天王御覧有て
仏の御命迄取迄なりとの給へて
いざや日本の地に帰らんとて
八万四千のけんぞく達を引つれ帰り給ふ

釈迦如来は千人の身代わりとして、二月一日に牛頭天王にとり憑かれます。

牛頭天王は左の指からとり憑き、じわじわと浸食し、臓器まで蝕んで、二月十五日に入滅に至ったとされています。

この奇妙な説話は、他に同様の記録がないので、牛頭天王の威力を喧伝するために創作されたのだろうと思いますが、非常に興味深い話です。

この奇妙な説は

牛頭天王と蘇民将来伝説――消された異神たちにも紹介されています。

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