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『天地麗気記』解説4のつづき
【書き下し文】伊弉諾・伊弉冉二神の尊、左の手に金鏡を持ちて陰(めみか)を生(あれま)す。
右の手に銀鏡を持ちて陽(をかみ)を生(あれま)す。
名を日天子・月天子と曰(もう)す。
是、一切衆生の眼目と坐(なりましま)す。
故に、一切の火気、変じて日と成り、一切の水気、変じて月と成る。
三界を建立するは日月是也。
時に羸都鏡・辺都鏡を以て、国璽尊霊(くにのしるしのみことのみたま)と為して、日神・月神の自ら天宮に送て、六合(あめのした)を照らし給ふ。
【現代語訳】 伊弉諾・伊弉冉の二神は、左の手に金鏡を持ち陰神をお生みになった。
右の手に銀鏡を持ち陽神をお生みになった。
名づけて日天子・月天子という。
これは、一切衆生を見守る両眼である。
故に、一切の火気は変じて日となり、一切の水気は変じて月となった。
世界を形成するのは、日と月である。
時に、羸都鏡(オキツカガミ)・辺都鏡(マエツカガミ)を国の神璽として、日神・月神は自ら天宮に上り、天下をお照らしになっている。
辺都鏡は、一般に「ヘツカガミ」と読むことが多いですが、『天地麗気記』では「マエツカガミ」と読んでいます。
【書き下し文】正哉吾勝々速日天忍穂耳尊
天照大神、八坂瓊曲を捧げて、大八州において本霊鏡と為す。
火珠所成の神成。【現代語訳】正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊(まさやわれかつかつはやひあまのオシホミミのみこと)
天照大神が八坂瓊曲玉を捧げて生まれた神である。
大八州において、根本の霊鏡とした。火珠によりできた神である。
忍穂耳尊(オシホミミ)は、天照皇大神(アマテラス)の子。
【書き下し文】天津彦々火瓊々杵尊
天照大神の太子、正哉吾勝我々速日天忍穂耳尊、天皇天御中主神の太子、高皇産霊皇帝の女、栲幡豊秋津姫命を娶りて、天津彦々火瓊々杵尊を生す。
高皇産霊尊と謂すは、豊葦原中津瑞穂国の主玉と為る光明天子也【現代語訳】天津彦々火瓊々杵尊(あまつひこひこほニニギのみこと)
天照大神の太子、正哉吾勝々速日天忍穂耳尊が、天皇天御中主神の太子、高皇産霊皇帝の女である栲幡豊秋津姫命を娶って、天津彦々火瓊々杵尊を生んだ。
高皇産霊尊というのは、豊葦原中津瑞穂国の主玉である光明天子である。
瓊々杵尊(ニニギ)は、忍穂耳尊(オシホミミ)の子、天照皇大神(アマテラス)の孫。
【書き下し文】尓時、八十柱諸神曰はく
「中国(なかつくに)は初契、天下の尊に主無らんや。冥応に非ずば、之を治むること、能はじ。誰の神乎」
神たち曰はく
「皇孫杵独王也。以て此の大神を尊とすべし」
皇孫尊、中国(なかつくに)の皇と為して、三十三天諸魔軍障を去りたまはんが為に、称す所の玄龍車、真床之縁錦衾、八尺流大鏡、亦、玉宝鈴、草薙の八握剣を追て、之を寿して曰はく、
「嗟呼、汝杵、吾寿を敬承て、手に流鈴を抱りて、無窮無念にして以御して、爾が祖、吾が鏡中に在はれまさん」
【現代語訳】 その時に、八十柱の神々が
「葦原中国(あしはらなかつくに)には、最初に天下を治めるような尊である主はいないだろうか。高天原の神々が認めなければ治められない。いったいどの神がよいだろうか」
と言った。
神々は
「皇孫・杵独王である。この大神を尊とすべきである」
といった。
皇孫尊を葦原中国(あしはらなかつくに)の皇として、三十三天諸魔軍障を除去するため、玄龍車、真床之縁錦衾、八尺流大鏡・玉宝鈴・草薙八握剣を授け、瓊々杵尊(ニニギ)を祝い、
「おお、おまえ杵独王よ。謹んで祝福を受けよ。流鈴を手にとり、無窮無念の境地になれば、おまえの先祖である私は鏡の中に在るだろう。」
といった。
三十三天とは忉利天のことです。
忉利天は、須弥山の頂上に位置し、頂上の四方の峰にはそれぞれ八天あるので、中央の帝釈天と合わせて三十三天と呼ばれるのです。
三十三天は常に阿修羅と戦っています。
“三十三天諸魔軍障”は「三十三天の諸々の魔軍の障り」と読みたくなりますが、魔軍とは三十三天ではなく、三十三天により降伏される阿修羅のことです。
【書き下し文】御余宝十種神財は、
羸都鏡一面〔天字、五輪形。豊受皇大神。〕
辺都鏡一面〔地字、円形にして外縁は八咫の形。天照皇大神。〕
八握剣一柄〔天村雲剣は草薙剣。八葉形を表す。〕
生玉一〈如意宝珠、火珠。〉
死玉一〈如意宝珠、水珠。〉
足玉一〈文の上の字を表す。〉
道反玉一〈文の下の字を表す。〉
蛇比礼一枚〈木綿の本源、白色、中の字を表す。〉
蜂比礼一枚〈一の字を表す。〉
品物比礼一〈宝冠。〉
是の如き十種の神財は、一切衆生の為に、之を授与ふ。
眼精を守るが如くすべし。魂魄二無くして、一心の玉生して、平等不二の妙文也。
【現代語訳】あとの宝、十種神財(とくさのかんだから)とは、
羸都鏡(オキツカガミ)一面[天字。五輪の形である。豊受皇大神]
辺都鏡(マエツカガミ)一面[地字。内部は円形で外縁は八稜形である。天照皇大神]
八握剣(ヤツカノツルギ)一柄[天村雲剣・草薙剣ともいう。八葉形である]
生玉(イキタマ)一〈如意宝珠。火珠〉
死玉(シニタマ)一〈如意宝珠。水珠〉
足玉(タリタマ)一〈文様は上という字を表わす。〉
道反玉(オオウラノタマ)一〈文様は下という字を表わす〉
蛇比礼(ジャノヒレ)一枚〈木綿の本源で白色。中という字を表わす〉
蜂比礼(ハチノヒレ)一枚〈一という字を表わす〉
品物比礼(シナシナノモノノヒレ)一〈宝冠〉
これら十種の神財は、一切衆生のために受与するのである。目や瞳を守るように大切にすべきである。
魂と魄は別なものではなく、一つの心の玉から生じ、平等不二の玄妙なる文様である。
『先代旧事本紀』では、天孫・饒速日尊(ニギハヤヒ)が天孫のしるしに授かる十種神宝(とくさのかんだから)ですが、ここでは瓊瓊杵尊(ニニギ)が授かっています。
十種神宝(とくさのかんだから)を、『天地麗気記』は“十種神財”と記しています。
※参照『先代旧事本紀』
【書き下し文】「一二三四五六七八九十」は、一切衆生の父母、天神地紙の宝也。
亦は、「波瑠布由良々々(はるへゆらゆら)・而布瑠部由良々々(にふるへゆらゆら)・由良止布理部(ゆらとふれへ)」。
金剛宝山の呪也。
【現代語訳】 「一二三四五六七八九十」という唱えごとは、一切衆生の父母であり、天神地祇の宝である。
また、「ハルへユラユラ・ニフルヘユラユラ・ユラトフレヘ」は、金剛宝山の呪である。
ここは、“一二三四五六七八九十”、あるいは“波瑠布由良々々・而布瑠部由良々々・由良止布理部(ハルへユラユラ・ニフルヘユラユラ・ユラトフレヘ)”という呪の解説です。
十種神宝(とくさのかんだから)に続いて記されているので、「布瑠の言(ふるのこと)」、あるいは「ひふみ祓詞(はらえことば)」と呼ばれる呪の別伝かと思われます。
“金剛宝山の呪”とあるので、葛城山の伝でしょう。
『先代旧事本紀』に
“天神御祖(あまつかみのみおや)教詔(おしへのりごち)て日(のたま)はく「若痛處有(もしいたむところあら)ば玆(この)十寶(とくさのたから)を令(し)て一、二、三、四、五、六、七、八、九、十と謂(いひ)て布瑠部(ふるべ)。由良由良止布瑠部(ゆらゆらとふるべ)。如何爲(かくなせ)ば、死人(まかれるひと)は反生(かへりていき)なむ。是即(すなわ)ち、所謂(いわゆ)る布瑠之言(ふるのこと)の本(もと)なり。」”
とあります。
※参照『先代旧事本紀』
【書き下し文】法の中には、「縛日羅駄都鎫(ばざらだとばん)・阿尾羅吽欠(あびらうんけん)・阿縛羅佉々(あばらかきゃ)」
「アバラカキャ」「波瑠布由良々々」
「アビラウンケン」「而布瑠部由良」
「バザラダトバン」「由良止布理部」
【現代語訳】仏法では「バザラダトバン アビラウンケン アバラカキャ」に相当する。
「アバラカキャ」は「ハルヘユラユラ」に、
「アビラウンケン」は「ニフルヘユラユラ」に、
「バザラダトバン」は「ユラトフルへ」に相当する。
中世は、神道の祝詞や呪、神歌が、真言と同一視されました。
「アバラカキャ」=地水火風空
「アビラウンケン」=胎蔵界大日如来の真言
「バザラダトバン」=金剛界大日如来の真言
『天地麗気記』解説6へつづく