坐禅三昧経

2020/10/16

『坐禅三昧経』11「第二 瞋恚を治するの法門」2

はじめての方は『坐禅三昧経』1からどうぞ 『坐禅三昧経』10のつづき 問いて曰く、 「親愛・中人、楽を得せしめらるるを願うも、怨憎の悪人、云何が隣愍して復た楽を与うるを願うや」と。 答えて曰く、 「応に彼れに楽を与うべし。 所以は何ぞ。 其の人、更に種種なる好き清浄なる法因有り。 我れ今ま云何が豈(あ)に一怨を以ての故に其の善を没すべけんや。 復た次に思惟するに、是の人、過去世の時に、或いは是れ我が親善ならん。 豈に今まの瞋を以て更に怨悪を生ぜしめんや。 我れ当に彼れを忍ぶべし。 是れ我が善利なり。 又た ...

2020/10/16

『坐禅三昧経』10「第二 瞋恚を治するの法門」1 慈もて怨憎に及ぼせよ

はじめての方は『坐禅三昧経』1からどうぞ 『坐禅三昧経』9のつづき  第二 瞋恚を治するの法門 若し瞋恚偏多ならば、当に三種の慈心の法門を学ぶべし。 或いは初めて行を習し、或いは已に行を習し、或いは久しく行を習するなり。 若し初めて行を習せば、当に教うべし。 言わく、「慈もて親愛に及ぼせよ。云何(いかん)が親に及ぼし、親(しん)に楽(らく)を与(あた)うるを願うや。 行ぜる者、若し種種なる身心の快楽を得、寒き時に衣を得、熱き時に涼しきを得、飢渇すれば飲食(おんじき)を得、貧賤なれば富貴を得、行、極まるの時 ...

2020/10/14

『坐禅三昧経』9 「第一 貪欲を治するの法門」2 浄観も亦た三品有り。若し禅定を得ば、即ち三相あり

はじめての方は『坐禅三昧経』1からどうぞ 『坐禅三昧経』8のつづき 復た次に浄観も亦た三品有り。 或いは初めて行を習し、或いは已に行を習し、或いは久しく行を習すなり。 若し初めて行を習せば、当に教うべし。 言わく、「皮を破するの想を作し、不浄を除却して、当に赤き骨人を観ずべし。 意を繁して観行し、外念あらしめず。 外念の諸縁は、念を摂して還らしむ」と。 若し已に行を習せば、当に教うべし。 言わく、「皮肉を却(しりぞ)けて尽くるを想し、頭骨を観じて、外念あらしめず。 外念の諸縁は、念を摂して還らしむ」と。 ...

2020/10/7

『坐禅三昧経』8 「第一 貪欲を治するの法門」1 不浄観

はじめての方は『坐禅三昧経』1からどうぞ 『坐禅三昧経』7のつづき 第一 貪欲を治するの法門 「婬欲の多き人、不浄観を習(しゅう)せよ。 足より髪に至るまで、不浄充満す。 髪・毛・爪・歯・薄皮・厚皮・血・肉・筋・脈・骨・髄・肝・肺・心・脾(ひ)・腎・胃・大腸・小腸・屎・尿・洟(はなみず)・唾・汗・涙・垢・坋(ちり)・膿・脳・胞・胆・痰水・微膚・脂肪・脳膜、身中の是くの如きは種種の不浄なり。 復た次に不浄漸(すす)まば、青瘀(しょうお)し、膖脹(ほうちょう)し、破爛し、血、流れて塗漫(ずまん)し、臭膿、噉食 ...

2020/10/2

『坐禅三昧経』7 是くの如く種種なるは、是れ愚痴の相なり。

はじめての方は『坐禅三昧経』1からどうぞ 『坐禅三昧経』6のつづき 愚痴の人の相は、疑うこと多く、悔やむこと多く、懶堕にして見無し。 自ら満ちて屈し難く、憍慢(きょうまん)にして受け難し。 信ずべきは信ぜず、信に非ざるは而(すなわ)ち信ず。 恭敬(くぎょう)なるを知らずして処処に信向し、師多く、軽躁(きょうそう)にして搪突(とうとつ)を羞ずる無し。 事を作さば慮り無く、教えに反(そむ)きて渾戻(こんれい)す。 友に親しむを択(えら)ばず、自ら修飾せず。 異道を師とするを好み、善悪を別(わ)かたず。 受け難 ...

2020/9/28

『坐禅三昧経』6 是くの如く種種なるは、是れ瞋恚の相なり。

はじめての方は『坐禅三昧経』1からどうぞ 『坐禅三昧経』5のつづき 瞋恚の人の相は、憂悩多く、卒暴に忿(いか)りを懐き、身口麁廣(しんくそこう)にして、能く衆苦を忍び、事に触れて可ならず。 愁(うれ)い多くして歓ぶこと少なく、能く大悪を作して、憐愍の心無く、喜びて闘訟(とうしょう)を為す。 顔貌毀悴(きすい)して、皴眉眄來(しゅうびべんらい)なり。 語り難く悦び難く、事(つか)え難く可とし難し。 其の心、瘡(そう)の如くして、人の義に闕(か)くるを宣(の)べ、論ずること強梁(ごうりょう)にして折伏(しゃく ...

2020/9/28

『坐禅三昧経』5 是くの如く種種なるは、是れ婬欲の相なり

はじめての方は『坐禅三昧経』1からどうぞ 『坐禅三昧経』4のつづき  或いは復た之れを問わん。 「三毒の中、何れの者、偏重せるや。 婬欲、多きや。 瞋恚、多きや。 愚痴、多きや。 云何(いかん)が相を観ずるや。 若し婬すること多き相ならば、為人(ひととなり)、軽便(きょうびん)にして、妻妾(さいしょう)を蓄(たくわ)うること多く、語ること多く、信ずること多く、顔色和悦にして、言語便易なり。 瞋恨(しんこん)少なく、亦た憂愁少なし。 技術を能くすること多く、聞くを好みて多識なり。 文頌(もんじゅ)に愛著(あ ...

2020/9/28

『坐禅三昧経』4 散文 戒律「汝よ、何れの戒を破せるや」

はじめての方は『坐禅三昧経』1からどうぞ 『坐禅三昧経』3のつづき 食、味処を知るを過(す)ぐれば 美悪、都(すべ)て異なる無し 愛好より憂苦(うく)を生ず 是(ここ)を以て愛を造る莫かれ 業を世界中に行じて 美悪、更(か)わらざるは無し 一切、已(すで)に具(つぶ)さに受く 当に是れを以て自ら抑えるべし 若し蓄獣中に在らば 呞(かみかえ)せる草もて味を具せりと為さん 地獄に鉄丸(てつがん)を呑まば 燃熱、劇(はげ)しくして鉄を迸(ほとばし)らさん 若し薜茘(へいれい)中に在らば 膿(うみ)・吐・火(や) ...

2020/9/28

『坐禅三昧経』3 一心にして常に道を行ざば 久しからずして涅槃を得ん 

はじめての方は『坐禅三昧経』1からどうぞ 『坐禅三昧経』2のつづき 誰れか能(よ)く死する時を知らんや 趣くところは何れの道よりせんや 譬(たと)うるに、風中の燈(ともしび)の如く 滅する時節を知らず 道法に至ること、難(かた)からず 大聖、指事して説く 智及び智処を説き 此の二、外に仮らず 汝、若し法逸せず 一心にして常に道を行ざば 久しからずして涅槃を得ん 第一の常楽の処なり 利智にして善人に親しみ 心を尽くして仏法を敬い 穢(けが)れたる不浄の身を厭(いと)い 苦より離れて解脱を得(う) 閑静にして ...

2020/9/25

『坐禅三昧経』2 四念止(四念処)を捨つれば、心に悪の造らざるは無し

はじめての方は『坐禅三昧経』1からどうぞ 痴倒黒暝(ちとうこくみょう)を破し 炬(こ)を執りて以て明らかに観ぜよ 若(も)し四念止(しねんし)を捨つれば 心に悪の造らざるは無し 四念止=四念住、四念処 四念処は、身念処・受念処・心念処・法念処からなる。 身念処=身は不浄なり 受念処=受は苦なり 心念処=心は無常なり 法念処=法は無我なり 象の逸すれば鉤(かぎ)かくること無きが如く 終(つ)いに道に順調せず 今日、此の業を営まば 明日、彼の事を造らしむ 著するをたのしみて苦を観ぜよ 死の賊の至るを覚らず 怱 ...

2020/10/6

『坐禅三昧経』1 鳩摩羅什訳 鳩摩羅什について

『坐禅三昧経(ざぜんさんまいきょう)』巻上 姚秦三蔵鳩摩羅什訳 鳩摩羅什(344年 - 413年 or 350年 - 409年) 鳩摩羅什(くまらじゅう)は梵語クマーラジーヴァの音訳。 鳩摩羅什は約300巻を翻訳した最初の三蔵法師。 玄奘、真諦、不空金剛とともに四大訳経家と呼ばれる。 漢訳『法華経』は三種伝えられているが、 『正法華経』10巻26品(竺法護訳 286年) 『妙法蓮華経』8巻28品(鳩摩羅什訳 400年) 『添品妙法蓮華経』7巻27品(闍那崛多・達磨笈多共訳 601年) このうち鳩摩羅什訳が ...

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